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母の変死
ははのへんし
作品ID45537
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-11-30 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 よく肉親の身の上に変事があると、その知らせがあると云いますが、私にもそうした経験があります。
 私の母は六十七歳で変死したのですが、今でもその時の事を思いだしますと、悲しくてしかたがありません。それは秋のことでしたが、母は長い間口癖のように云っていた善光寺参詣をする事になって、喜んで家を出ましたが、出たっきり何の音沙汰もありません。もっとも母は無筆ですから、自分では書くことはできませんが、宿屋へ著く度に宿屋で書いてもらって投函するように約束してありましたから、私は心配でなりませんでした。母が家を出てから丁度七日目のことでした。夜半に私は大変うなされたらしく良人に揺り起されました。
「おい、どうしたんだ、随分変な声を出したじゃないか、夢でも見たのか」
 良人にそう云われて、私ははじめて夢であった事を知りました。その夢と云うのは、母が突然帰って来て、土産だと云って懐の中から蝋燭や線香を出した夢なのです。それが十本や二十本ではありません。それで懐の中の分が無くなると、今度は両方の袂から、それが済むと、更に風呂敷包の中からと言うふうにするので、室の内は忽ち蝋燭や線香で充満になりました。私は呆れてしまって、
「お母さん気でも違ったのですか、こんなに蝋燭や線香ばかり買って来ても、使いようがないじゃありませんか」
 と云いますと、母は済まして、
「なあに、毎日使えば、直ぐになくなるよ」
 とこうなんです。そして、私が呆れている間に、又どこかへ出かけようとしますので、あわてて引き停めると、
「心配しないでもいい、私はとても佳い処へ往って来たが、又往かなくてはならない」
 と云って笑うのです。その嬉しそうな容子と云ったら、母はむっつり屋で滅多に笑顔を見せるような事が無いので、却って無鬼魅に思えたくらいでした。で、私はますます怪しんで母を停めようとする。母は往こうとする。こうして二人で争っていたところを、良人に起こされたのでした。良人は私の夢の話を聞くと、
「なあに、それは、あんまりお母さんのことを心配してるから、気のせいでそんな夢を見たのだよ」
 と云って笑いましたが、私は気になって仕方がありませんでした。もしや、母の身に何か不吉なことがあったのではあるまいか、などと思うと、もうとても眠る気にはなりません。すると、その時仏間の方でちイんと言う鉦の音がしました。私はぞっとして思わず良人にしがみつきましたが、良人はもう眠っておりました。
 それから私は、朝までまんじりともせずに夜を明かして、平生の時間に起きて雨戸を開けようと思って、玄関へ出て見て私は又驚きました。昨夜寝る時に確かにかって置いたはずの心張棒が外れているのです。私はいやあな気持になりましたが、勤めに出る良人に変なことを聞かすでもないと思って、良人には素知らぬ顔をして更衣の手伝をして、そしてオーバーを著せておりますと…

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