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屋根の上の黒猫
やねのうえのくろねこ
作品ID45540
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-11-14 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 昭和九年の夏、横井春野君が三田稲門戦の試合を見て帰って来たところで、その時千葉の市川にいた令弟の夫人から、
「病気危篤、すぐ来い」
 と云う電報が来た。横井君は令弟の容態を心配だから、夜もいとわずに市川へ駈けつけた。そして、令弟の家の門口を潜ろうとして、何気なく屋根の上へ眼をやったところで、其処に一匹の黒猫がいて、それが糸のような声で啼いていた。瞬間横井君は、
「しまった」
 と思った。それは横井君のお父さんがまだ壮い比、酒興のうえで、一匹の黒猫を刺し殺したことがあったが、それからと云うものは、横井君の家には、何か不幸なことでもあると、きっと黒猫が姿をあらわした。お父さんが歿くなった時にも、また四人の兄弟をはじめ二人の小供の歿くなったときにも、やはり黒猫が来て屋根から離れなかった。横井君はそのつどそれを見ているので、
「この野郎」
 と云って、そこにあった小石を拾って投げつけた。すると猫は屋根の向う側へ姿をかくしたようであるから、家の中へ入ろうとすると、すぐまた出て来て淋しそうに啼いた。横井君は令弟のことが気になるので、もいちど小石を投げつけておいて家の中へ入った。と、令弟は気息えんえんとして、今にも呼吸を引きとろうとしているところであった。
 横井君は猫が気になるので、また外へ出て猫を追ったが、猫は依然として屋根の上から離れなかった。そして、暁けがたになってその猫の声がぴたりとやむと同時に、令弟が呼吸を引きとった。



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