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流転
るてん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2」 光文社文庫、光文社
2000(平成12)年4月20日
初出「探偵趣味」1927(昭和2)年8月号
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2005-09-26 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「蕗子が殺されたのは、その晩の僅かな時間のあいだでした……。
 私が訣別の詞を書いた手紙をもって戸外へ出ると、そこは彼女の家の裏まで田圃つづきです。彼女の居間に灯のついていることが、幾度か窓の下へ近よってゆくことを逡巡させましたが、ようやく思切って忍足に障子の際までゆくと、幸いその破れから内部を覗くことができました。
 母に死別れて間のない、傷みやすい蕗子の心を波立たせたくない。能ることなら何も知らせずに、このまま土地を離れてしまいたい。この手紙だって、自分が旅立ってしまうまでは、見てくれない方が好いのだと思っていたのですが、都合の好いことには蕗子は他の部屋にでも行っていたのか、その部屋は空っぽだったのです。
 分厚い手紙が、指先を放れて、窓障子の間からぱさりと音をたてて落ちました。
 私は見咎められないように窓の下を放れて、私の家へ帰りましたが、そのからんとした空家……もうこれでお別れかと思うと、梁にかけられた蜘蛛の巣までに愛着が感じられたのです。気を取直して荷物を携げて停車場までゆきましたが、予定の汽車が出るまでには、まだ二時間近くも余裕があります。
 駅前の休憩所で時間を待合わせる間にも、駅を出入りする人影に気をとられていました。お笑い下さいますな、万一あの手紙を読んだ蕗子が、ここへ駈つけて来はしないかと、ふとそんなふうに考えられたからです。
(済みませんでした、旅へなど出ないで下さいな)。
 彼女の唇からそうした詞が聞けるものなら、その場で生命を投出したところで惜しくはなかったでしょう、私はとても静と沈着いては居られませんでした。
 休憩所をふらふらと出て、夢遊病者のように町から村を過ぎ、私の住居だった家なんか見顧りもしないで、畑の畔つたいに彼女の部屋の方へ近寄っていったのです。
 せめて余所ながら蕗子の顔を一目見てから、慾を云えば何とか一言口を利いてから出立したくなりました。折角心持が緊張しているうちにやり遂げたかった計画も、こうした状態でずるずると一角から崩れはじめました。
 どうしてそんな気になったのでしょう。不図顔をあげて、灯のさす窓を仰いだ私は、障子へすゥと流れるように映った男の影法師を見て、思わず眼を[#挿絵]ったのでした。
 おう、蕗子の部屋には中谷が来ているのだ、そうだ、この土地へ来てからたった一人の友人で、まるで兄弟のように親しみ合っていたのが、蕗子というものを中心とするようになってから互いが妙に白け合ってしまい、とうとう蕗子から私と云うものをまったく駆除してしまったあの中谷、今日私を他郷へ流転の旅に送出そうとした中谷が来ているのだ。
 私は少時そこに立縮んでいました。
 ところが或事に気付いた私は悸然としました、外でもありません。中谷なら髪を長く伸している筈ですのに、いま映った影法師はたしか毬栗頭だったではありませんか。
 不思議…

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