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怪人の眼
かいじんのめ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-11-30 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 小坂丹治は香美郡佐古村の金剛岩の辺で小鳥を撃っていた。丹治は土佐藩の侍であった。それは維新のすこし前のことであった。
 秋風が山の木の葉を吹いていた。丹治は岩と雑木に挟まった径を登って、聳え立った大岩の上へ出たところで、ふと見ると、直ぐ上の方の高い黒松の梢に一羽の大鶴がとまっていた。
「おう、鶴がおるぞ」
 丹治の眼は思わず輝いたが、鶴を捕ることは禁じられていたので彼はしかたなく諦めたものの、まだ二羽位しか小鳥の獲物を獲っていないうえに、矢比が非常に好いので諦めて去ることができなかった。彼は銃を握りしめたままで鶴の方を見ていた。と、鶴は羽をばさばさとやりながら松から放れて空高く飛んだが、すぐまたぐるりと引返して来て元の枝へとまった。
「初めよりも撃ちよくなったぞ、撃ちたいな」
 丹治は惜しそうに鶴を見詰めていた。
「撃ったら知れるだろうか、俺より他に、何人もいそうにないぞ、こんな山の中じゃ、鉄砲の音は聞えても、鶴を撃っておるやら、鵯を撃っておるやら、わからないだろう、そうじゃ」
 丹治はその鶴を人に知れないようにそっと撃とうと思いだした。彼は銃を持ちなおして雑木にかくれて松の下の方へ往った。そして、覘いを定めて火縄を差した。強い音がして弾の命中した手応えがあった。丹治は大きな獲物の落ち来る刹那の光景を想像しながら鶴の方を見た。鶴は平気で長い頸を傾げるようにしていた。丹治は眼を[#挿絵]った。
「たしかに手応えがしたぞ、何故落ちないだろう」
 鶴は依然として暢気そうに頸を傾げていた。丹治は鬼魅悪くなって来た。朝山を登る時路傍の赤い実のついた茨の中から、猿とも嬰児ともつかない怪しいものが、ちょろちょろと出て来て、一眼じろりと丹治の顔を見た後で、また傍の草の中へ入ってしまった。丹治はそのことを思いだした。
「今日は、朝から、不思議な日じゃ」
 丹治はもう山におるのが厭になった。そこから向うの渓へ降りる捷径が岐れている。丹治は銃を引担いでその径の方へ往きかけた。鶴は動かなかった。
「今日はよっぽど悪い日じゃ」
 径は直ぐ渓間の方へ低まって往った。丹治は眼を渓の下の方にやろうとした。赤い靄が眼の前を飛ぶような心地がした。渓のむこうも己の立っている周囲も、赤い毛氈を敷いた雛壇のような壇が一面に見えて、その壇の上には内裏雛を初め、囃子、押絵の雛がぎっしり並んでいた。渓の上の方も渓の下の方も、眼に見える限りは一面の雛壇になっていた。丹治は眼が眩んだようになった。
「このままにしてはおられん、どうでもして逃げねばならん」
 丹治は銃を持ち直してその台尻で叩き叩き下へ下へ走った。足に触った雛壇は足をあげて力まかせに踏みにじった。足の力が余ってひっくりかえることがあった。
「くそ、くそ、負けてたまるか」
 丹治は狂人のようになっていた。彼はやたらに銃を揮り廻した。
「くそ、くそ…

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