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竈の中の顔
かまどのなかのかお
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典 」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-12-16 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#挿絵]

「今日も負かしてやろうか」
 相場三左衛門はそう云ってから、碁盤を中にして己と向いあっている温泉宿の主翁の顔を見て笑った。
「昨日は、あまり口惜しゅうございましたから、睡らず工夫しました、今日はそう負けはいたしません」
 主翁は淋しそうに笑って手にした石をおろしはじめた。
「そうか、それは油断をせられないな、小敵と見て侮ることなかれ、か」
 三左衛門はあっちこっちに石を置いている主翁の指端の顫えを見ていた。それは主翁の神経的な癖であった。
「今日はそうは負けませんよ」
 主翁はひどく碁が好きであったが、それは所謂る下手の横好きで、四目も五目も置かなければならなかった。それでも三左衛門は湯治の間の隙潰にその主翁を対手にしていた。
「それでは負けないように願おうかな」
 三左衛門は江戸を出てこの箱根の山中へ来てからもう二十日あまりになっていた。
「それでは、今日は勝ちましょうか」
 二人のおろす石の響きが思いだしたように響いていた。それは初夏の明るい日で開け放した障子の外はすぐ山路になっていて、そこをあがりおりする人の影が時とすると雲霧のように薄すらした影を曳いた。
「お客さんが来たのじゃないか」
 三左衛門は人の影とも鳥の影とも判らないものが映ったように思ったので注意した。
「お客さんは来るには来ましたが、このお客さんが悪いお客さんで、困っております」
 主翁は碁に夢中になっている。
「悪いお客なら、断らなくちゃならないな」
 三左衛門は笑いながら縁側の方へちょと眼をやった。色の蒼白い痩せた僧がそこに立っていた。
「これは、旅僧」
 三左衛門はちょと会釈した。
「ちょっと覗かしてもらいます、私もいたって碁が好きでな」
 僧も三左衛門に会釈を返した。その声に主翁がはじめて気が注いた。
「や、これはお坊さんだな、まあ、どうかお掛けなさい」
「ちょっと覗かしてもらいます」
 僧は黒い破れた法衣を着ていた。彼は冠っている菅笠の紐を解き解き縁側に腰をかけて、斜に碁盤の上を覗き込んだ。
「さあ、それでは往こうかな」
 三左衛門は控えていた石をおろした。
「それでは、私もまいりましょうか、ここか、ここにしよう」
 主翁はもう僧のことも忘れてしまったように石をおろしだした。
「それでは、私はここにする」
 三左衛門のおちついた声に交って、主翁のきょときょとした声が聞えた。
「またいけない、これとこれが繋がった、お客さん、また負けました、もう駄目です」
 主翁はがっかりしたように云った。三左衛門の笑い声が起った。
「今日は負けるはずじゃなかったが、どうした」
「どうも」
 主翁は右の耳際を軽く掻いてからその眼を僧の方へやった。
「お坊さん、どうだね、私はどうも駄目だ」
「私も好きだが、どうも下手でな」
「同じ対手より、ちがった対手が面白いものじゃ、ひとつやったらど…

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