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露肆
ほしみせ
作品ID4564
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成4」 ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年10月24日
入力者門田裕志
校正者土屋隆
公開 / 更新2006-03-19 / 2014-09-18
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 寒くなると、山の手大通りの露店に古着屋の数が殖える。半纏、股引、腹掛、溝から引揚げたようなのを、ぐにゃぐにゃと捩ッつ、巻いつ、洋燈もやっと三分心が黒燻りの影に、よぼよぼした媼さんが、頭からやがて膝の上まで、荒布とも見える襤褸頭巾に包まって、死んだとも言わず、生きたとも言わず、黙って溝のふちに凍り着く見窄らしげな可哀なのもあれば、常店らしく張出した三方へ、絹二子の赤大名、鼠の子持縞という男物の袷羽織。ここらは甲斐絹裏を正札附、ずらりと並べて、正面左右の棚には袖裏の細り赤く見えるのから、浅葱の附紐の着いたのまで、ぎっしりと積上げて、小さな円髷に結った、顔の四角な、肩の肥った、きかぬ気らしい上さんの、黒天鵝絨の襟巻したのが、同じ色の腕までの手袋を嵌めた手に、細い銀煙管を持ちながら、店が違いやす、と澄まして講談本を、ト円心に翳していて、行交う人の風采を、時々、水牛縁の眼鏡の上からじろりと視めるのが、意味ありそうで、この連中には小母御に見えて――
 湯帰りに蕎麦で極めたが、この節当もなし、と自分の身体を突掛けものにして、そそって通る、横町の酒屋の御用聞らしいのなぞは、相撲の取的が仕切ったという逃尻の、及腰で、件の赤大名の襟を恐る恐る引張りながら、
「阿母。」
 などと敬意を表する。
 商売冥利、渡世は出来るもの、商はするもので、五布ばかりの鬱金の風呂敷一枚の店に、襦袢の数々。赤坂だったら奴の肌脱、四谷じゃ六方を蹈みそうな、けばけばしい胴、派手な袖。男もので手さえ通せばそこから着て行かれるまでにして、正札が品により、二分から三両内外まで、膝の周囲にばらりと捌いて、主人はと見れば、上下縞に折目あり。独鈷入の博多の帯に銀鎖を捲いて、きちんと構えた前垂掛。膝で豆算盤五寸ぐらいなのを、ぱちぱちと鳴らしながら、結立ての大円髷、水の垂りそうな、赤い手絡の、容色もまんざらでない女房を引附けているのがある。
 時節もので、めりやすの襯衣、めちゃめちゃの大安売、ふらんねる切地の見切物、浜から輸出品の羽二重の手巾、棄直段というのもあり、外套、まんと、古洋服、どれも一式の店さえ八九ヶ所。続いて多い、古道具屋は、あり来りで。近頃古靴を売る事は……長靴は烟突のごとく、すぽんと突立ち、半靴は叱られた体に畏って、ごちゃごちゃと浮世の波に魚の漾う風情がある。
 両側はさて軒を並べた居附の商人……大通りの事で、云うまでも無く真中を電車が通る……
 夜店は一列片側に並んで出る。……夏の内は、西と東を各晩であるが、秋の中ばからは一月置きになって、大空の星の沈んだ光と、どす赤い灯の影を競いつつ、末は次第に流の淀むように薄く疎にはなるが、やがて町尽れまで断えずに続く……
 宵をちと出遅れて、店と店との間へ、脚が極め込みになる卓子や、箱車をそのまま、場所が取れないのに、両方へ、叩頭をして、

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