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厄年
やくどし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文学全集 34」 筑摩書房
1955(昭和30)年9月5日
入力者kompass
校正者大沢たかお
公開 / 更新2012-11-08 / 2014-09-16
長さの目安約 81 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 故郷へ帰らうか、それとも京都へ行かうか、平三は此の問題に二日間悩まされた。同じことを積んだり崩したりして何時までも考がまとまらなかつた。
 彼は毎年夏季休暇には帰省するを常として居たが、今年は最初から京都で暮さうと思つて居た。それは故郷の生活の単調無為なのに懲りて居るのと、他に厭な事情もあるのと、一つは京都は彼の第二の故郷とも言ふべき土地であり、その上もう六七年も行かなかつたので、其間に親戚故旧の間に種々の変化もあつた様だから、久振に其等の人々に遇つて色々と話合つたら嘸楽しい床しいことであらうと思つたからである。勿論長い間だから八月丈け京都に居て其前後は東京で暮さうといふ予定であつた。併し故郷へは明かにさうと言ひにくい事情もあるので、今年は東京に居て勉強せねばならぬから帰られないと手紙を出して置いた。
 一度京都へ行くことに決してからは、彼は一二ヶ月の間は来るべき夏の生活を非常に愉快なものと種々都合の宜い様に想像して楽んで居た。彼の心を牽きつけたものは京都の山水でもなく名所旧蹟でもなく、彼の今迄の生活に最も影響のあつた、且つ最も意味が深いと彼自身に思はれる過去の生活の追想であつた。少年の彼を中心とした小さい京都の社会を、今の彼が想出す其の心持が当時の生活に種々の色をつけ形を与へて、益[#挿絵]彼の心をそゝり立てたのである。
 姉、伯父母、従兄弟姉妹、此等の人々の俤を思ひ浮べて、此人には斯う、彼の人にはあゝと一人一人に話す材料や話方等まで想像して、何だか恋人にでも遇ふ様な懐しい胸のわく/\する思で居た。
 今一つ彼をして此夏京都の生活を楽しく思はせた理由がある。友のSが七月下旬東京を出発して信濃飛騨を旅し、美濃路を経て八月上旬京都に出て、二週間ばかり滞在しようといふ予定であつたので、是を機会にして、伊勢、尾張、近江、播磨などに夫々帰省して居る友達が同時に京都に落合はう、藤村の「春」の人物が、富士山麓の吉原の宿に東からと西からと落合つた様に、各方面から同時に京都に落合つたらどんなに心ゆくことであらうと云ふ様なロマンチックな空想がそれであつた。兎に角さういふことに定めて、幸ひ、平三の親類の家が宿屋であるので、彼から手紙で室のことや宿料のことまでも交渉して置いた。
 七月の始めには皆夫々国へ帰つて、残つたものは平三とSばかりとなつた。平三は別段何をするでもなく、只だ月日の早く経つのをのみ待つて居た。
 所がもう五六日で出発しようといふ時になつて、Sから「種々都合悪しく旅行は出来ない、少くとも京都へは行けないから不悪……」と言つて来た。平三はひどく失望した。早速Sを訪うて最初の計画を実行する様に勧めた。けれどもSは種々家事上の都合があつて到底不可能であつた。
「ぢや僕も京都はよさう。君が行かないのなら。」
 平三は斯う言つて別れた。では如何するかといふ考もなか…

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