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日本橋
にほんばし
作品ID4565
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成12」 ちくま文庫、筑摩書房
1997(平成9)年1月23日
初出「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月
入力者門田裕志
校正者酔いどれ狸
公開 / 更新2015-11-04 / 2015-10-17
長さの目安約 183 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

篠蟹  檜木笠  銀貨入  手に手  露地の細路  柳に銀の舞扇
河童御殿  栄螺と蛤  おなじく妻  横槊賦詩  羆の筒袖
縁日がえり  サの字千鳥  梅ヶ枝の手水鉢  口紅  一重桜
伐木丁々  空蝉  彩ある雲  鴛鴦  生理学教室  美挙  怨霊比羅
一口か一挺か  艸冠  河岸の浦島  頭を釘  露霜
彗星  綺麗な花  振向く処を  あわせかがみ  振袖
[#改ページ]

篠蟹




「お客に舐めさせるんだとよ。」
「何を。」
「その飴をよ。」
 腕白ものの十ウ九ツ、十一二なのを頭に七八人。春の日永に生欠伸で鼻の下を伸している、四辻の飴屋の前に、押競饅頭で集った。手に手に紅だの、萌黄だの、紫だの、彩った螺貝の独楽。日本橋に手の届く、通一つの裏町ながら、撒水の跡も夢のように白く乾いて、薄い陽炎の立つ長閑さに、彩色した貝は一枚々々、甘い蜂、香しき蝶になって舞いそうなのに、ブンブンと唸るは虻よ、口々に喧しい。
 この声に、清らな耳許、果敢なげな胸のあたりを飛廻られて、日向に悩む花がある。
 盛の牡丹の妙齢ながら、島田髷の縺れに影が映す……肩揚を除ったばかりらしい、姿も大柄に見えるほど、荒い絣の、いささか身幅も広いのに、黒繻子の襟の掛った縞御召の一枚着、友染の前垂、同一で青い帯。緋鹿子の背負上した、それしゃと見えるが仇気ない娘風俗、つい近所か、日傘も翳さず、可愛い素足に台所穿を引掛けたのが、紅と浅黄で羽を彩る飴の鳥と、打切飴の紙袋を両の手に、お馴染の親仁の店。有りはしないが暖簾を潜りそうにして出た処を、捌いた褄も淀むまで、むらむらとその腕白共に寄って集られたものである。
「煮てかい、焼いてかい。」
「何、口からよ。」
 と、老成た事を云って、中でも矮小が、鼻まで届きそうな舌を上舐にべろんと行る、こいつが一芸。
「まあ、可笑しい。」
 若い妓は、優しく伏目に莞爾して、
「お客様が飴なんか。大概御酒をあがるんですもの。」
 で、ちょっと紙袋を袖で抱く。
「それだってよ、それでもよ、髯へ押着けやがるじゃねえか。」
「不見手様。」とまた矮小が、舌をべろんと飜す。
 若い妓は柔しかった。むっともしそうな頬はなお細って見えて、
「あら、大な声をするもんじゃないことよ。」
「だって、看板に掛けてやがって。」と一人が前を遮るように、独楽の手繰をずるりと伸す。
「違ったか。雪や氷、冷い氷よ。そら水の上に丶なんだ。」
「不見手様。」と矮小が頤でしゃくる。
「矮小やい、舌を出せ。」
「出せよ、畜生。」
「ううん、ううん、そう号令を掛けちゃ出せやしませんさ。」
 と焦って頭突きに首を振る。
「馬鹿、咽喉ぼとけを掴んでいやがる。」
「ほほほ。」と、罪の無い皓歯の莟。
「畜生、笑ったな、不見手。」
 と矮小は、ぐいと腕を捲った。
「可厭、また……大な声をして。」
「大な声がどう…

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