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劇壇の新機運
げきだんのしんきうん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「明治文學全集 99 明治文學囘顧録集(二)」 筑摩書房
1980(昭和55)年8月20日
初出「新潮」1910(明治43)年1月
入力者広橋はやみ
校正者川山隆
公開 / 更新2007-10-01 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 わたくしは劇壇の新しい運動が自由劇場の試演とまで漕ぎつけたことに就ては、勿論贊意を表し且つその成功を祈つてゐた。それと同時にかういふ運動は我邦に於て全く破天荒のことではあるし、第一囘の試演が蓋を開けるまではこの運動の効果に對し多少の疑懼を擁かないでもなかつた。即ち成功とは云はれぬにしても、劇壇の沈滯に對する刺戟ともなり、新藝術のために貢獻するところを期待しつゝ、果してそれがどうであらうかと、傍から觀てゐて危ぶんでゐたからである。それが愈實現されたのを見て兎に角大成功とは言はれぬまでも、その出來ばえの稍成功に近い域に及んでゐたことは、劇壇のために喜びに堪えぬところでもあるし、同時にまた小山内薫氏並に左團次一座のために祝盃を擧げてもよい次第である。わたくしはこの試演を見て、先づ以てこの具合ならば、第二第三の試演を續けて行くうちに、我邦でも眞に新しい創作劇の上場を見ることが可能であらうと感じて、ふとそれを豫想して見たことである。
 この第一囘の試演に用ゐたイブセンの「ボルクマン」は、わたくしにとつて忘れ難い追憶がある。それと云ふのも、この「ボルクマン」はイブセンの作中でわたくしの讀んだ最初のものであつたからである。イブセンの戯曲、その曲に含まれた人生觀や、脚本としての技巧などについては、既にいろいろの評論もあつたことであるし、わたくしとても略知つてはゐたが、特に研究して見ようと云ふ氣も起さずに過して來たのである。然るに島崎藤村さんが信州の小諸から、これを是非讀んで見ろと、わざわざ小包で送つてくれたのが、この「ボルクマン」である。わたくしは藤村さんの好意を謝しつゝ深い思ひを以てこの脚本を讀み了つた。これがイブセンを讀んだ最初である。その脚本が今我邦の舞臺に始めてかけられるといふのである。わたくしが少なからぬ希望と喜びと無上の興味とを以て、この試演を觀たことに不思議はない。
 わたくしはこの脚本を讀み返してみた上で、かういふ場面は實演してどういふ風になるものか、本で讀んでこれぐらゐのところでも意外に新しい感銘を與へるのではなからうかと、頻りに想像を逞くして、出來るだけ注意を拂つて、舞臺を見詰てゐた。例へば第四幕目で、人々が戸口のところに立つてゐると、寒い空に橇の鈴の音が聞えてくる。その音を聞いて銘々が異つた感慨に沈む。その橇の鈴の音が脚本を讀んだ時からわたくしの胸に沁み込んでゐたので、特に氣をつけてゐたが、舞臺の上ではその部分が平々淡々の中に終つてしまつた。さういふ目拔きの場面が心行きが乏しいと云ふのか、兎まれ角まれ期待したほどの感銘を殘さずじまひになつたことは口惜しい。けれどもこれは實演が一般にむづかしいと刻印を押されてゐるイブセン物を始めて、我邦で出して見た試みに對しては、さう深く批難するにも當るまい。さういふ一部分の缺點は別として、大體から云へば、さほどのあら…

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