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取舵
とりかじ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新潟県文学全集 第1巻 明治編」 郷土出版社
1995(平成7)年10月26日
初出「太陽 創刊号」
入力者高田農業高校生産技術科流通経済コース
校正者小林繁雄
公開 / 更新2006-10-23 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         上

「こりゃどうも厄介だねえ。」
 観音丸の船員は累々しき盲翁の手を執りて、艀より本船に扶乗する時、かくは呟きぬ。
 この「厄介」とともに送られたる五七人の乗客を載了りて、観音丸は徐々として進行せり。
 時に九月二日午前七時、伏木港を発する観音丸は、乗客の便を謀りて、午後六時までに越後直江津に達し、同所を発する直江津鉄道の最終列車に間に合すべき予定なり。
 この憐むべき盲人は肩身狭げに下等室に這込みて、厄介ならざらんように片隅に踞りつ。人ありてその齢を問いしに、渠は皺嗄れたる声して、七十八歳と答えき。
 盲にして七十八歳の翁は、手引をも伴れざるなり。手引をも伴れざる七十八歳の盲の翁は、親不知の沖を越ゆべき船に乗りたるなり。衆人はその無法なるに愕けり。
 渠は手も足も肉落ちて、赭黒き皮のみぞ骸骨を裹みたる[#「裹みたる」は底本では「裏みたる」]。躯低く、頭禿げて、式ばかりの髷に結いたる十筋右衛門は、略画の鴉の翻るに似たり。眉も口も鼻も取立てて謂うべき所あらず。頬は太く痩けて、眼は[#挿絵]然と陥みて盲いたり。
 木綿袷の條柄も分かぬまでに着古したるを後[#挿絵]にして、継々の股引、泥塗の脚絆、煮染めたるばかりの風呂敷包を斜めに背負い、手馴したる白[#挿絵]の杖と一蓋の菅笠とを膝の辺りに引寄せつ。産は加州の在、善光寺詣の途なる由。
 天気は西の方曇りて、東晴れたり。昨夜の雨に甲板は流るるばかり濡れたれば、乗客の多分は室内に籠りたりしが、やがて日光の雲間を漏れて、今は名残無く乾きたるにぞ、蟄息したりし乗客等は、先を争いて甲板に顕れたる。
 観音丸は船体小にして、下等室は僅に三十余人を容れて肩摩すべく、甲板は百人を居きて余あるべし。されば船室よりは甲板こそ乗客を置くべき所にして、下等室は一個の溽熱き窖廩に過ぎざるなり。
 この内に留りて憂目を見るは、三人の婦女と厄介の盲人とのみ。婦女等は船の動くと与に船暈を発して、かつ嘔き、かつ呻き、正体無く領伏したる髪の乱に汚穢を塗らして、半死半生の間に苦悶せり。片隅なる盲翁は、毫も悩める気色はあらざれども、話相手もあらで無聊に堪えざる身を同じ枕に倒して、時々南無仏、南無仏と小声に唱名せり。
 抜錨後二時間にして、船は魚津に着きぬ。こは富山県の良港にて、運輸の要地なれば、観音丸は貨物を積まむために立寄りたるなり。
来るか、来るかと浜に出て見れば、浜の松風音ばかり。
 櫓声に和して高らかに唱連れて、越中米を満載したる五六艘の船は漕寄せたり。
 俵の数は約二百俵、五十石内外の米穀なれば、機関室も甲板の空処も、隙間なきまでに積みたる重量のために、船体はやや傾斜を来して、吃水は著しく深くなりぬ。
 俵はほとんど船室の出入口をも密封したれば、さらぬだに鬱燠たる室内は、空気の流通を礙げられて、窖廩はついに蒸風呂となりぬ。婦…

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