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壇ノ浦の鬼火
だんのうらのおにび
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「赤い鳥代表作集 2」 小峰書店
1958年11月15日第1刷
初出「赤い鳥」赤い鳥社、1927(昭和2)年6月号
入力者林幸雄
校正者川山隆
公開 / 更新2008-05-19 / 2014-09-21
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 天下の勢力を一門にあつめて、いばっていた平家も、とうとう源氏のためにほろぼされて、安徳天皇を奉じて、壇ノ浦のもくずときえてからというもの、この壇ノ浦いったいには、いろいろのふしぎなことがおこり、奇怪なものが、あらわれるようになりました。
 海岸に、はいまわっているかにで、そのこうらが、いかにもうらみをのんだ無念そうなひとの顔の形をしたものが、ぞろぞろとでるようになりました。これは戦いにやぶれて、海のそこに沈んだ人びとが、残念のあまり、そういうかにに、生まれかわってきたのだろうと、人びとはいいました。それで、これを「平家がに」とよび、いまでも、あのへんへいけば、このかにが、たくさん見られます。
 それからまた、月のないくらい夜には、この壇ノ浦の浜辺や海の上に、数しれぬ鬼火、――めろめろとした青い火が音もなくとびまわり、すこし風のある夜は、波の上から、源氏と平家とが戦ったときの、なんともいわれない戦争の物音が聞えてきました。また、そうした夜など、舟でこの海をわたろうとすると、いくつもの黒い影が波の上にうかびあがり、舟のまわりにあつまってきてその舟をしずめようとしました。
 土地の人びとは、もう夜になると海をわたることはもちろん、海岸へ出ることさえできなくなりました。しかし、それではこまるというので、みんなよって相談をして、壇ノ浦の近くの赤間ガ関(今の下関)に安徳天皇のみささぎと平家一門の墓をつくりました。それからそのそばに、あみだ寺をたてて、徳の高い坊さんを、そこにすまわせ、朝に夕にお経をあげていただいて、海の底にしずんだ人びとの霊をなぐさめました。
 それからというもの、青い鬼火も、戦争の物音も、舟をしずめる黒い影も、あらわれなくなりました。しかしまだときどき、ふしぎなことがおこりました。平家の人びとの霊は、まだじゅうぶんには、なぐさめられなかったとみえます。つぎの物語はこのふしぎなことのひとつであります。

     二

 そのころ赤間ガ関に、法一というびわ法師がいました。この法師は生まれつきめくらでしたので、子どものときから、びわをならい、十二、三才のころには師匠に負けないようになりました。そして、いまでは天才びわ法師としてだれでもその名を知っているようになりました。
 さて、多くのびわ歌の中で、この法師がいちばんとくいだったのは、壇ノ浦合戦の一曲でありました。ひとたび法師がびわをひきだし、その歌をうたいはじめると、なんともいえないあわれさ、悲しさがひびきわたり、鬼でさえも泣かずにはいられないほどでありました。
 この法師は、だれひとり身よりもなく、また、ひどく貧乏でした。いかに、びわの名人とはいえ、そのころは、まだそれでくらしをたてるわけにはいきませんでした。すると、平家の墓のそばにあるあみだ寺の坊さんが、それをきいて、たいへん同情を…

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