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帆影
ほかげ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 01」 筑摩書房
1999(平成11)年5月20日
初出「今日の詩 第九冊」金星堂、1931(昭和6)年8月1日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-05-04 / 2016-04-04
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 凡そ退屈なるものの正体を見極めてやらうと、そんな大それた魂胆で、私はこの部屋に閉ぢ籠つたわけではないのです。それとは全く反対に、凡そ憂鬱なるものを忘却の淵へ沈め落してしまほふと、それは確かに希望と幸福に燃えて此の旅に発足したのでした。それも所詮単なる決心ではありますが――とにかく其の心掛けは有つたのです。勿論初めのうちは、時々は散歩に出掛ける心持にもなつたものですが、その気持でさて立ち上つてみますに、何か一つ心に満ち足りない感じがして、つひうかうかと窓から外ばかり眺めてゐるうちに、ガッカリして寝倒れてしまひ、もう天井にヂッと空洞な眼を向けて、放心してしまふのです。そんな風にしてゐて、決して愉快であるわけはないのですが、今ではあきらめて、まるで外出する気持にもならないのです。それは確かに退屈千万で堪へ難いのでありますが、たまさかに外へ出てみる気持にもなると、その気持に成つただけが尚更に負担で、全くガッカリしてしまふのです。
 此処は太平洋に面した、とあるささやかな漁村ですが、私の部屋には、ひろびろと海に展かれた一つの窓があるのです。晴れた日は、窓に広い水平線が動き、白い小さな帆が部屋の余白を居睡りながら歩いて行くのです。陽射しを受けた部屋の畳に、沖の波紋が透明な模様を描きながら、終日ゆらゆらと揺らめいてゐるのです。黄昏、時々お饒舌な雲が速歩で窓を通つて行くのですが、私の胃の腑にも柔かな饒舌が其の時うとうとと居睡りに耽つてゐるのです。そして雨の日は――雨の日は、朝の目[#挿絵]めに煙つた沖を眺めながら、寝床の上で私の体躯を真二つに割ると、私の疲れた脊椎に濡れた海藻がグショグショ絡みついてゐて、白いシイツまで悲しい程しめつぽい。私の脳漿には、日を終るまで、暗い沖の冷い雨脚が煙つてゐるのですが……。
 言ひ遅れましたが、私には一人の連があるのです。しかしこんな小うるさい存在も一寸ほかに見当らない程で、私としては常に黙殺してゐるのですが、ともかく緋奈子は私の愛人と呼ばるべき関係に当りますので、この人を言ひ出さないわけにも行かないのです。かといつて、私はここに、私は果して緋奈子を愛せりや否やといふ論題に就て批判的に弁論する学徒的意志は毫も持ち合はさないものですから、極めて簡単に目下の感覚のみを言ふのですが、私は緋奈子がうるさいのです。何故といつて、ただウルサイのが事実ですから、何としてもただウルサクテ堪らないのです。別にそれは、緋奈子が日夜私をうるさく散歩に誘ふからではないのです。なぜならば、其の時私は単に唇を軽く上下せしめることによつて、「俺は行かないよ」と発音すれば、それはそれなりに終るからです。
「散歩した方が体躯にいいのよ」
「君一人で体躯をよくしたまへ」
「そんなにあたしがうるさいの……」
 そして緋奈子は時々思ひ出したやうに、ある時は日蔭に、ある時は日向に…

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