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清太は百年語るべし
せいたはひゃくねんかたるべし
作品ID45829
著者坂口 安吾
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 01」 筑摩書房
1999(平成11)年5月20日
初出「紀元 第三巻第三号」1935(昭和10)年3月1日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-05-26 / 2016-04-04
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 若園君
 往昔とつくにの曠野に一匹の魔物が棲んでおりました。人里もなく森林もなく徒らに不毛の曠野がつづくばかりで、日毎々々の太陽は地平線から垂直に登り、頭上をぐるつと一回転して向ふ側の地平線へ没して行くといふ、光と夜のほかには陰といふもののない、まことに魔物には棲みにくい単調なところであります。ところがこやつ相当に呑気な奴で、退屈であつたには相違ないが別段それを苦にやむといふほどでもない、これを魔物の Fain[#挿絵]ant と申しませうか、なか/\美事な心境を会得した奴です。昼は地下に潜入して昼寝をむさぼり、夜となれば星明りの青白い曠野の上を駈つこなぞして、結構面白がつてゐたのです。ところへ一日通りがかつたのが一人の旅人でした。こんなことは年に一人、ひどい時は何十年に一人通るかといふ珍らしい出来事ですから、喜んだのは魔物の奴です。積年の退屈ざましに充分からかつてやらうといふ、そこで燕尾服の尻尾のやうなものをだらりとぶらさげ、大地を破つて旅人の前へ現れると、にやにやつといふ気持のよろしくない笑ひ顔をぬつと旅人の方へ突きだしたものです。
「どちらへ!」
「わッ! これは/\!」
 忽ち慌てふためいてお辞儀やら敬礼やら挨拶やら似たやうな色々のものを一時にごた/\と連発したのが旅人で「ときにアナタ――」と、かう、開き直つたのか直らないのか、とにかく間髪を入れず喋りだしたのも亦旅人でありました。「ときにアナタ――」と、この旅人は二度三度吃りました。
「ときにアナタ――」いや、これはお初に珍らしいところでお目にかかりました、いやまことにお珍らしい、ときにアナタ、ソツジながらお尋ね致すがかのバル・ザック氏を御存じで。御存知ない? それは残念! そもそもバル・ザック氏といへば……」
 いや驚いたのは悪魔の奴で。――むらむらと薄気味悪い不安にかられ二歩三歩退きますと、「そこでバル氏はハン・スカ夫人と……アナタ、ハン・スカ夫人を御存知ないですか? 御存じない! 困るですね、それではですねアナタ……」情熱を傾けて語りながら衆人は悪魔の奴が退くだけ夢中につめよせてくるのです。悪魔の奴も辟易しました。万事休す、こはかなはじといふので印を結んでドカッとばかり地下へ潜れば。どつこい問屋で卸さない。「さうですよ、バル・ザック氏も金鉱を探しにでかけたですよ、さういふわけで――」
 旅人も夢中の態で地下へのこ/\這入つてくるではありませんか! 勝負あつた、と云ふべきですね。もはや詮術なしと観念の眼を閉ぢた悪魔の奴は永遠の如き饒舌の虜となり、厭世感を深めたといふ話があります。
 若園君

バルザックは五十年生きぬ
天帝清太に百年の生を与ふれば
清太は百年バルザックを語るべし

 若園君! これは君にあてつけたエピグラムではありません。私の人生は矛盾撞着に富み、それ自身エピグラム的です。従而…

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