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日本人に就て
にほんじんについて
副題――中島健蔵氏へ質問――
――なかじまけんぞうしへしつもん――
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 01」 筑摩書房
1999(平成11)年5月20日
初出「作品 第六巻第七号」1935(昭和10)年7月1日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-06-15 / 2016-04-04
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 健蔵兄、作品社から「中島健蔵氏へ質問」といふものを書けといふことで、文学には多々疑惑のみ溢れがちな日常ではあり渡りに舟と引受けたのですが、さて引受けてみて吃驚しました。なるほど疑問は次から次へとあるやうですが、さてそれを謙虚な質問といふ形に表はしてみやうとすると、これが非常にむづかしいのです。自分では疑問のつもりでゐるものが、質問の形に表はしてみやうとすると、いつのまにやらチャンと疑問に解答を与へてゐる不思議な自分に気付くのです。つまり僕の文学上の疑惑は常に「自問自答」といふ形にすつかり馴らされてゐて、唐突に心構えを変へてみたところで十日や廿日のことでは本心から謙虚な構えで他人に質問のできる自分でないことに気付きました。
 これは甚だ不幸なことです。僕は正直にさう痛感しました。けれども反面それほど質問がむづかしいことに改めて気付いたのでした。すくなくとも僕にとつては、まことに謙虚な質問ができるやうな大海のやうにフランクな心構えになること、そのことだけで僕の文学がすでに半分くらゐは光りある救ひのなかへ足を踏み入れることになりさうだと感じました。さうして、要するに僕はつまり終生他人に質問はできさうもなく、僕の文学は自問自答の孤独な生涯を送るのだらうと、いささか暗澹として考へたのです。けれどもこれは一に貴兄への質問といふことにあれかれと正面から肝胆を砕いた揚句、一向埒のあかないうちに遠慮会釈もなく締切の期日がとつくに過ぎ去つてしまつたことに由来する悒鬱極まる自責の念が手伝つて、いささか無役に暗澹としすぎたのかも知れません。然り、締切がとつくに過ぎ、必然の結果としてこれの返答を執筆する貴兄の時間が不当な短縮を余儀なくされる洵に正義人道上我ながら悲憤慷慨せざるを得ない不埒な事態を招致するにしても、僕は(!)遊んでゐたのではなく、しかく真ッ正面から肝胆を砕きすぎてゐたための不幸な結果にほかならないと賢察(!)していただくまでのこともなく、僕の頑固な自問自答の悪癖と、質問といふが如き地上に最も謙虚な心を必要とする至難な事業に到底一朝一夕に着手できやう筈のない孤独児の悲劇に就ては、先刻聡明なる貴兄が充分知りぬいておられることを、僕もとくより知りぬいてゐました!
 左様なわけで質問のもてない自分に呆れかへつたのですが、そこで僕も気持をかへて、いつそ気軽になにか感想でも書いてみやうと思ひついたのです。あとで貴兄の感想を洩して下されば幸福です。

 僕は時々日本人であることにウンザリします。むろんウンザリしてはいけないのですが、時々ウンザリするのです。近頃自意識過剰といふことが言はれてゐますが、我々日本人の場合これを自意識過剰といふべきや行動過少といふべきや甚だもつて疑はしいと思はれるのです。
 日本人は宗教心を持たない代りに、手軽な諦らめとあんまり筋道のはつきりしない愛他心と…

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