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木々の精、谷の精
きぎのせい、たにのせい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 03」 筑摩書房
1999(平成11)年3月20日
初出「文芸 第七巻第三号」1939(昭和14)年3月1日
入力者tatsuki
校正者北川松生
公開 / 更新2016-11-12 / 2016-10-28
長さの目安約 49 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 修吉が北越山中の秋山家を訪ねたとき、恰もそれを見るために遥々やつてきたやうに、まづ仏像のことを尋ねた。
 仏像は弥勒だといふ話であつた。観音に似た女性的な柔和な相をし、半跏して、右手で軽く頬杖をついて静思とも安息ともうけとれるやうな姿をしたあの像である。この弥勒像の柔和な顔にきざまれた不思議な微笑に就いて、かねて友達の野沢から屡々話をきいてゐたのだ。野沢の姉が秋山家の当主に嫁してゐるのである。
 玉木修吉は仏像の研究家でも蒐集家でもなかつたし、また上代文化に特別造詣のあるわけでもなかつたので、この仏像の話に興味を覚えたことが殆んどなかつた。
 夏が近づいたとき、野沢と旅の話をした。そのとき、秋山家で一夏暮してみないかといふ話がでたのだ。山中だから涼しいうへに、ほど近い谷間には温泉のわく部落もあるといふ話であつた。十人ぐらゐの来客が一向目立たない大きな家だし、これといふ娯楽のすくない僻地のことだから、漫然たる滞在客を喜ぶのである。牛肉や海のものが食へないぐらゐの不自由を忍べば、なまじ山間の温泉宿で隣室の絃歌や喧噪に悩むよりはましだらうと野沢は言つた。
「奇妙な微笑をたたへてゐる弥勒像のあるうちだね」と、修吉は思ひついて言つた。
「そのうちなんだよ。ところで――」と、そのとき野沢が語つたのである。「そこの娘が、つまり僕の姪に当る娘なんだが、君はかういふこぢつけた見方がきらひかな。年頃になるに順つて、弥勒像の性格だ。二年前の話だが、十九の年に見合ひして、近村の豪農の息子と結婚することになつたのだ。見合ひから帰つてきての言ひぐさが、あんな美男子は始めて見た、少女歌劇の男役よりも綺麗だと思つたなんて、他人のお聟さんでも見物してきた話のやうに笑ひながら言つたさうだ。好きなのかと訊くと、大好きだと答へたので、結婚させることになつたわけだ。ところが、あと十日ほどで結婚式といふ時分になつて、その娘が、誰ひとり知らないうちに婚家の方へ電話をかけて、結婚をやめることにしたからといふ通知をしてしまつたさうだ。縁談はおぢやんになつたが、娘の態度が至極あつさりしたもので、自分のしでかしたことを一向に一大事だとは思つてゐない風なので、両親も叱りやうに困つたといふ話なのだ。これが突飛な行動の第一回目で、その次には、夜中に屋敷をぬけだして、山奥へ失踪したことがあつたさうだ。急に死ぬ方が綺麗のやうな気がしたからだと言つたさうだよ。生れつき一冊の文学書も読む気になつたことのない娘で、泣顔の想像ができないやうな呑気な風があるのだが、僕がまた女の神秘といふやうなものに興味も持ち、いくらかそれにこだはりすぎるせゐかも知れぬが、弥勒の微笑に似た秘密なものが目の中に感じられて、なんとなく行末が気にかかる娘なんだね」
 盛夏がきて、愈々二人が秋山家へ出発といふ当日に、のつぴきならない用ができて、野沢…

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