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剣術の極意を語る
けんじゅつのごくいをかたる
作品ID45877
著者坂口 安吾
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 03」 筑摩書房
1999(平成11)年3月20日
初出「現代文学 第五巻第一一号」大観堂、1942(昭和17)年10月28日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-21 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 僕は剣術を全然知らない。生れて以来、竹刀を手に持つたことがたつた一度しかないのである。
 中学の時、剣術と柔道とゞちらか選んで習ふ必要があつたが、僕は柔道を選んだ。人にポカ/\頭を殴られるのは気がすゝまなかつたのだ。ところが後になつて、学校の規則が変つて、剣道も柔道もどつちも正科になつて一時間づゝ習ふことになつた。その第一時間目、型をちよつと教へたあとで、いきなり一同に試合させられた。僕の相手になるのは剣道部員で、おとなしい生徒だけれども、剣道の巧みな男であつた。ムザ/\殴られて手も足も出ないといふのは、どうしても残念千万であつた。僕の出場までには時間があつたので対策を考へた。
 僕は上段にふりかぶつた。ゆつくり落付いて面! と叫んで竹刀をふり下すと、僕の考へてゐた通り、敵は剣術使ひの卵だから、器用に竹刀を頭上へかざして受けとめようとする。その小手をパシンと斬つた。先生は一本とも何とも言はぬ。もう一度改めて睨み合つて、同じやうに面を打つふりをして小手を斬つた。この一手しか考へてゐないのだから、ほかのことは出来ないのである。先生は又黙つてゐたが、これ以上やると僕が殴られるから、僕は竹刀を投りだして、面小手を外した。僕は小手を斬りました、と先生に言つた。あんなのは一本にならん。第一、剣術ではない、と先生が答へた。そんならやめます、僕は体操場をとびだして、裏の山でひるねした。その次の剣術の時間からいつもサボつて、山を散歩した。だから、一度しか竹刀を持つたことがないのだ。
 三年の時、故郷の中学を追ひだされて東京の中学へ来たが、この中学では剣術を習ふ必要がなかつた。九州になんとか中学と云つて不良少年ばかりの中学があるさうだが、そこを又追ひ出された荒武者が、この東京の中学へやつてくるのださうである。みんなヒゲ面で、体格堂々、僕など一番子供で、入学したときウンザリした。
 入学した第一週間目、用器画の時間に、僕は所在がなくて楽書して遊んでゐたら、先生が黙つてやつてきて楽書を取上げた。お前は私の時間は出席しなくてもいゝ、と言つた。仕方がないから、ハイと言つて家へ帰つた。その学年中、用器画の時間は欠席した。出なくてもいゝと言はれたのだからこつちのせゐではない。もう落第だと思つて答案も白紙をだし、覚悟をきめた。二学期、丁をもらつた。三学期にも白紙の答案を出して落第して、叱られたら、家出して、満洲へ行かうかと思ひ、白系ロシヤの美人と恋を語ることなどを考へたりしてゐたが、やるせなくて面白くなかつた。ところが不思議に及第して、おまけに用器画の三学期間の平均点が乙になつてゐた。二学期丁だつたのだから三学期には百二十点ぐらゐとらないと乙にはならぬ。わけの分らない先生だと思つたが、先生に済まないと思つた。用器画の先生に会ふのが辛くて、転校したかつたが、僕を入れてくれる中学はもう東京には…

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