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二十一
にじゅういち
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂口安吾全集 03」 筑摩書房
1999(平成11)年3月20日
初出「現代文学 第六巻第九号」大観堂、1943(昭和18)年8月28日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-07-30 / 2014-09-21
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 そのころ二十一であつた。僕は坊主になるつもりで、睡眠は一日に四時間ときめ、十時にねて、午前二時には必ず起きて、ねむたい時は井戸端で水をかぶつた。冬でもかぶり、忽ち発熱三十九度、馬鹿らしい話だが、大マジメで、ネヂ鉢巻甲斐々々しく、熱にうなり、パーリ語の三帰文といふものを唱へ、読書に先立つて先づ精神統一をはかるといふ次第である。之は今でも覚えてゐるが、ナモータッサバガバトオ、アリハトオ、サムマーサーブッダサア云々に始まる祈祷文だ。一緒に住んでゐた兄貴はボートとラグビーとバスケットボールの選手で鱶の如くに睡る健康児童であつたが、之には流石に目を覚して、たうとう祈祷文を半分ぐらゐ否応なく覚えこむ始末であつたが、僕はさういふことを気にかけなかつた。兄貴はボートとラグビーとバスケットボールの外には余念がなく、俗事を念頭に置かぬこと青道心の僕以上で、引越すと、その日の晩には床の間の床板に遠慮もなく馬蹄のやうなものを打込み、バック台をつくり、朝晩ボートの錬習である。床の間の土が落ち地震が始まり、隣家の人が飛びだしても、気にかけたことがない。学校から帰るとラグビーのボールを持つて野原へとびだし、縦横無尽に蹴とばす。せまい原ッパだから、ボールが畑へとびこむと、忽ち畑の中を縦横無尽に蹴とばし、走り、ひつくりかへつてゐるのである。
 その頃は良く引越した。引越しの張本人は僕で、隣家が内職にミシンをやつてゐてウルサイので引越し、その次はピアノの先生が隣りにあつてウルサくて引越し、僕が勝手に家を探して、明日引越すぜ、と言ふと、兄貴は俗事が念頭にないから、住む家など問題にしてゐない。たうとう、板橋の中丸といふ所へ行つた。池袋で省線を降り、二十分ぐらゐ歩くと田園になり、長崎村といふ所を通りこし、愈々完全に人家がひとつもなくなつて、見はるかす武蔵野、秩父の山、お寺の隣りであつた。バスなどの無い時代だから、大股に歩いて三十五分、女の足は一時間たつぷりかゝる。閑静無類、僕はことごとく満足であり、朝寝の兄貴は毎朝三十五分の行軍に半分ぐらゐ走らなければならなかつたが、之も練習と心得てゐるのか文句を言つたことはない。僕のウバ、もう腰のまがつた老婆がついてきて炊事をしてゐてくれたのだが、僕のウバだから、僕のヒイキで、あんまり兄貴を大事にしない。尤も兄貴は若干婆やに弱味のシッポをつかまれてをり、ウチからの送金を持ちだし、時々僕のコヅカヒも失敬する。僕は悟りをひらかうとして大いに忙しい時だからコヅカヒなどは一文もいらず失敬されても平気であつたし、第一失敬されたことは五六年あとに気がついたので、その頃は知らなかつた。婆やは兄貴に不平満々、尤も僕は悟りに没頭忙しいから、婆やのグチなど相手にならぬ。クニの者が上京すると婆やは終日兄貴の不平を訴へる。僕への不平はついぞ洩したことのない婆やであつたが、板橋の中丸の引…

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