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怪談女の輪
かいだんおんなのわ
作品ID4589
著者泉 鏡花
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者土屋隆
公開 / 更新2007-05-07 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 枕に就いたのは黄昏の頃、之を逢魔が時、雀色時などといふ一日の内人間の影法師が一番ぼんやりとする時で、五時から六時の間に起つたこと、私が十七の秋のはじめ。
 部屋は四疊敷けた。薄暗い縱に長い一室、兩方が襖で何室も他の座敷へ出入が出來る。詰り奧の方から一方の襖を開けて、一方の襖から玄關へ通拔けられるのであつた。
 一方は明窓の障子がはまつて、其外は疊二疊ばかりの、しツくひ叩の池で、金魚も緋鯉も居るのではない。建物で取[#挿絵]はした此の一棟の其池のある上ばかり大屋根が長方形に切開いてあるから雨水が溜つて居る。雨落に敷詰めた礫には苔が生えて、蛞蝓が這ふ、濕けてじと/\する、内の細君が元結をこゝに棄てると、三七二十一日にして化して足卷と名づける蟷螂の腹の寄生蟲となるといつて塾生は罵つた。池を圍んだ三方の羽目は板が外れて壁があらはれて居た。室數は總體十七もあつて、庭で取[#挿絵]した大家だけれども、何百年の古邸、些も手が入らないから、鼠だらけ、埃だらけ、草だらけ。
 塾生と家族とが住んで使つてゐるのは三室か四室に過ぎない。玄關を入ると十五六疊の板敷、其へ卓子椅子を備へて道場といつた格の、英漢數學の教場になつて居る。外の蜘蛛の巣の奧には何が住んでるか、内の者にも分りはせなんだ。
 其日から數へて丁度一週間前の夜、夜學は無かつた頃で、晝間の通學生は歸つて了ひ、夕飯が濟んで、私の部屋の卓子の上で、燈下に美少年録を讀んで居た。
 一體塾では小説が嚴禁なので、うつかり教師に見着かると大目玉を喰ふのみならず、此以前も三馬の浮世風呂を一册沒收されて四週間置放しにされたため、貸本屋から嚴談に逢つて、大金を取られ、目を白くしたことがある。
 其夜は教師も用達に出掛けて留守であつたから、良落着いて讀みはじめた。やがて、
二足つかみの供振を、見返るお夏は手を上げて、憚樣やとばかりに、夕暮近き野路の雨、思ふ男と相合傘の人目稀なる横※[#「さんずい+散」、42-3]、濡れぬ前こそ今はしも、
 と前後も辨へず讀んで居ると、私の卓子を横に附着けてある件の明取の障子へ、ぱら/\と音がした。
 忍んで小説を讀む内は、木にも萱にも心を置いたので、吃驚して、振返ると、又ぱら/\ぱら/\といつた。
 雨か不知、時しも秋のはじめなり、洋燈に油をさす折に覗いた夕暮の空の模樣では、今夜は眞晝の樣な月夜でなければならないがと思ふ内も猶其音は絶えず聞える。おや/\裏庭の榎の大木の彼の葉が散込むにしては風もないがと、然う思ふと、はじめは臆病で障子を開けなかつたのが、今は薄氣味惡くなつて手を拱いて、思はず暗い天井を仰いで耳を澄ました。
 一分、二分、間を措いては聞える霰のやうな音は次第に烈しくなつて、池に落込む小※[#「さんずい+散」、42-12]の形勢も交つて、一時は呼吸もつかれず、ものも言はれなかつた。だが、しばら…

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