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落語・教祖列伝
らくご・きょうそれつでん
作品ID45892
副題02 兆青流開祖
02 ちょうせいりゅうかいそ
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 11」 筑摩書房
1998(平成10)年12月20日
初出「オール読物 第五巻第一一号」1950(昭和25)年11月1日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-10-03 / 2014-09-21
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 彼は子供の時から、ホラブンとよばれていた。ブンの下にはブン吉とかブン五とか、つくのだろうが、今では誰も知っている者がいない。ホラブンは子供の時から大きなことばかり言っていて、本当のことを喋ったことは一度もなかったそうである。
 彼の生家は水呑百姓であったが、鶏やケダモノを食うので、村中から嫌われていた。彼の父は怠け者で大酒飲みであったが、冬になると、どこかへ稼ぎに行って、春さきに、まとまった金を持って帰ってきた。村の者は、奴は他国で泥棒してくるのだと蔭口をたたいていたのである。
 ホラブンには二人の姉があって、雪のように白く、絵の中からぬけでたように美しい。けれども村の若者は、四ツ足食いの無法者の娘を恐しがって、手をだす者もいない。
 長姉は城下へでて家老の妾になり、次姉も江戸へでて、水茶屋だか遊芸小屋だかで名を売ったあげく、さる大家の妾になったという。イヤ嘘だ、イヤ本当らしい、と村でも真偽定かではないが、ホラブンはおかげで子供の時から、敬遠されて、遊んでくれる友だちがない。時々村の子供と大喧嘩して、ナグリコミをかけると、相手は三十人ぐらいかたまって逃げまわり、大人もソッポをむいて知らん顔をしたり、一しょに逃げまわッたりした。
 ホラブンは十二の年に村へ渡ってきた獅子舞いの一行に加えてもらって江戸へ行った。越後獅子の国柄で、獅子舞いは一向に珍しくはなかったが、その年の一行には唐渡り秘伝皿まわしというのが一枚加わっていて、彼はこの妙技にほれこんだのである。
 すぐ戻ってくるだろうと、誰も気にかけていなかったが、それから二十五年間、戻らなかった。両親は死んで、その小屋は羽目板が外れ、ペンペン草が生え繁り、蛇や蜂や野良犬の住家になっていた。
 ホラブンが戻ってきたのである。
 彼はお寺へ泊めてもらって、村中へ挨拶して歩いた。六尺有余、見上げるような大男、立派な身体である。姉たちがそうであったように、彼も幼少から美童であったが、戻ってきた彼は由比正雪もかくやと思う気品と才気がこもり、大そうおだやかで、いつもニコニコしていた。
 彼は大そう学があった。町から大工をたのんで、小屋をつぶして、立派な家を新築したが、その出来上るまで、お寺に泊りこんで、坊主に代って、寺小屋へあつまる小僧どもに詩文を教えた。
 又、彼には色々の芸があった。
 お寺の門に熊蜂が巣をかけている。この巣は直径一尺五寸もあって、子供たちは門を通過するのに一苦労であるが、坊主は至って弱虫で、殺生はいかんぞ、蜂に手をだしてはイカン、ナンマミダブ、ナンマミダブとふるえながら門の下を走って通っている。
「和尚さんは熊蜂を飼っていなさるのかね」
「そうではないが、実は怖しくて十何年というもの手が出ない。これがあるばッかりに、この十年どんなに心細い思いをしているか分らない。ひとつ、なんとかしてくれまいか」
「お…

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