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“能筆ジム”
“のうひつジム”
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 11」 筑摩書房
1998(平成10)年12月20日
初出「財政 第一六巻第三号」1951(昭和26)年3月1日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-03-23 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 雑誌「日本小説」に「不連続殺人事件」を連載し、探偵小説の鬼江戸川乱歩先生から過分なる賞讃をいたゞいて以来、僕は文壇随一の探偵小説通と自他ともに許す存在にまつりあげられてしまった。しかしまあ、余り通などとまつり上げられない方がいゝ。僕はおかげで「小説新潮」に「安吾捕物」まで書かされ、はてはA・クリスティの探偵小説を飜訳してくれないかなぞと喰さがる編集者も現れるという有様だ。ところで今日は少し眼先を変えて“能筆ジム”と呼ぶニセ札造りを御紹介しよう。
 ニセ札造り“能筆ジム”は本名をエマニュエル・ニンゲルといゝ、アメリカの贋造紙幣史上では傑出したニセ札造りの一人で、十七年間も発見されなかったというその道の芸術家であった。発見されたときの次第は後に話す積りだが、あのほんの些細な偶然がなかったら、十七年はおろか千年でも彼の造ったニセ札はそのまゝ流通しつゞけたかも知れないほど見事なものであった。しかし、当局の威信のためにも、読者諸君のためにも、ちょっと申上げておかねばならぬことがある。それは彼が現代の人間ではないということだ。当今のようにニセ札追求の組織と技術の進んだアメリカの当局の前には、さすがの“能筆ジム”も、その最初の一枚で御用となり、従って安吾先生のお目にもとまらなかったであろうし、また彼のニセ札が蒐集家によって額面よりはるかに高く評価されるという珍現象も起りえなかったであろう。
“能筆ジム”は生粋のプロシャ人で、独逸ではペン画家であった、彼は、一八七九年より余り遠くない以前、アメリカに渡ってオハイオ州のコロンブスに、妻をはじめ娘三人息子一人と住むことになったが、そこにはしばらくの間で、ニュウ・ジャージー州のウエスト・フィールドに移り、その後また同じ州のフランクフルトに住み、農場を持ち、倹約家の立派な農夫になりすましていた。
 事実、逮捕になるときまで、彼は隣人たちや多くの友人たちから、寛大で思慮深い性格の男で、家族にとっては申分のない働き手であると思われていた。また、彼の農場は抵当に入ったようなこともなかったから、どうみても金は残るし、銀行預金だってがっちりありそうであった。“能筆ジム”の奥方は、自分の亭主が逮捕されるなんてトンデモ・ハップン、あの人は立派な亭主で、思いやりのある父親で、悪いことをするなんて思いもよらぬことでござんすと、言いはったとか。それもその筈で、この奥方は御自分の亭主が、彼女が自慢に思っていた芸術家としての才能を、犯罪行為に用いていたなどとは、夢にも考えていなかったのだ。亭主が二階にあがり、スタジオに当てられた部屋に入って、戸をぴったり閉ざしているときなど、彼女は亭主は画を描き、でなければ読書三昧にふけっているものとばかり考え、不思議には思わなかった。それに、ニンゲルは古い型の亭主で、家族は彼に絶対服従、彼のすることには口をはさませなか…

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