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安吾の新日本地理
あんごのしんにほんちり
作品ID45901
副題01 安吾・伊勢神宮にゆく
01 あんご・いせじんぐうにゆく
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 11」 筑摩書房
1998(平成10)年12月20日
初出「文藝春秋 第二九巻第四号」1951(昭和26)年3月1日
入力者tatsuki
校正者深津辰男・美智子
公開 / 更新2010-01-19 / 2014-09-21
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この元日に飛行機にのった。三月ごろから内地に航空路ができるについて読売新聞で試験飛行をやった。それに乗ったのである。ノースウエスト航空会社のDC四型という四発機。四千五百メートルぐらいの高度で大阪まで往復したのだが、戦前までの航空旅行の概念とはよほど違っている。煖房は完備しているし、どういう仕掛だか空気は常に室内に充満しているし、雲海の上へでるとアスファルトの路上を高級自動車で走るよりも動揺がないし、プロペラの音に妨げられずに会話ができるし、両耳へ無電かなんかの管をはめこんだ飛行士はタバコを吸いチューインガムをかみ談笑しながらノンビリ運転しているし、人間の深刻な動作や表情を全く必要としない機械や計器が完備しているらしい。障害物がないだけ自動車よりも面倒がいらないという感じで、不安というものは感じられない。読売新聞社のビラを空からまくために六百メートルの低空で東京の上空を二周したが、この時だけは参った。図体の大きな飛行機が窮屈そうに身をかしげて、甚しい緩速で旋回飛行をやるというのが無理なんだね。エレベーターの沈下するショックが間断なくつづき、今にも失速して落ちるかと思うこと頻りである。大阪まで一時間で飛ぶ飛行機が、わざわざ二十何分もかかって東京を二周したのだから。三分もたつと、みんな顔面蒼白となり、言葉を失ってノビたのである。この航空旅行ができることによって、私も日本地理を書くことになったが、したがって航空旅行ができるまでは、遠方を飛び歩くことができない。
 元日の午前十時に丸ビルのノースウエスト航空会社へ集合することになっていた。伊東に住む私は前日から小石川の「モミヂ」に泊りこみ、増淵四段と碁をうって大晦日を送るという平穏風流な越年ぶり。
 さて元旦九時半に出動する。このとき呆れたことには、元旦午前というものは、大東京に殆ど人影がないのだね。時々都内電車だけが仕方がねえやというようにゴットンゴットン走っているだけだ。さすがに犬は歩いているよ。後楽園の競輪場も野球場も人がいないし、省線電車の出入口にも人の動きが見当らないという深夜のような白昼風景。ところが、ですよ。この自動車がいよいよ皇居前にさしかかった時に、驚くべし。東京駅と二重橋の間だけは、続々とつづく黒蟻のような人間の波がゴッタ返しているのです。これを民草というのだそうだが、うまいことを云うものだ。まったく草だ。踏んでも、つかみとっても枯れることのない雑草のエネルギーを感じた。雑草は続々と丸ビル横のペーヴメントを流れる。雑草が必ずノースウエスト航空会社の窓の外で立止って中をのぞきこむのは、その中に高峰秀子と乙羽信子の両嬢がいるためだ。実に雑草は目がとどく。天皇にだけしか目が届かんというわけではないのである。
 世界に妖雲たちこめ、隣の朝鮮ではポンポン鉄砲の打ちッこしているという時に、こういう民草のエネ…

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