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あんごじんせいあんない
作品ID45919
副題04 その四 人形の家
04 そのよん にんぎょうのいえ
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 11」 筑摩書房
1998(平成10)年12月20日
初出「オール読物 第六巻第八号」1951(昭和26)年8月1日
入力者tatsuki
校正者深津辰男・美智子
公開 / 更新2009-11-23 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     人形をだく婦人の話  高木貴与子(卅四歳)

 女礼チャン(六ツ)の事でございますか、動機と申しましても、さあ他人はよく最愛の子供を亡くしたとか、失恋して愛情の倚りどころを人形に托したと御想像になりますが、これといって特別な訳があるのではございません。丁度終戦直後、人形界の権威といわれる有坂東太郎先生について人形つくりを始めてから半年程してお嬢さんを亡くした知り合の方が、廿年前からあったこの女礼を下さったのです。その頃から、此のお人形は私の処へ来る為にあったのだ、神様が授けて下さった、とまあ只のお人形という気がしなかったのです。源氏物語の中にも見えて居りますように、昔から災難を托して川に流したり、神社に祀ったり致しますが、そういう宗教的な意味からも、子供として単に愛するという丈でなく、半分は人形として尊ぶ気持です。
 私は幼い時に両親を亡くして後、弟と、祖父母に育てられましたが、そんな境遇からか人になじめない変った性格の子で、一人っきりで人形等いじって遊んではいました。特別に興味を持つという事もなく、文学少女で小説を書きたくて或先生についたり、終戦前雑誌社にお勤めしていた事もあります。
 お人形ですから、表情が動く訳ではありませんが、喜びや悲しみが見えるようで、寒くなると風邪をひいたんじゃないかしらと思い、お留守番をさせると、“連れてって”と泣き出す顔が浮んで来て、大粒の涙がポロ/\こぼれたりします。お八ツを買って慌てゝ帰って来ますが、三度々々の食事も、お風呂も、おシマツも人並ですの。勿論食物が喉へ通る訳ではありませんから香りを食べさせて、あと私がいたゞきます。夜寝む時はガーゼを目にあてて、少しでも光線の当りを防ぎます。
 此の頃、ベニちゃんミツキちゃんエイコちゃんと七人の弟妹が出来まして慣れたので、留守番をさせる事が多いのですが、以前はよく連れ歩きました。最初矢張り恥しくて、買物籠の中へしのばせて出たりしましたが、ダッコしていると、殊に女学生等寄って来て、気違いじゃないかしらって笑うんですの。でも、こんなに大事にしているんじゃないかと思ったら、この真剣さを笑う方が却って可笑しい位で、人の嘲笑なぞ問題にならなくなりました。新聞に出ても、どうこういう事はありません。毎日の日記もこの子の事で一杯です。
 お人形に凝り出してから、みんな一様に苦しかった時代ですが、随分生活苦と闘いました。が、どうしても他の職につく気になれません。生計のお人形を造りながら、絵本や玩具で遊んでやるのに忙しい程です。お人形にも魂があると思いますので、、おろそかには造れません。お人形とこうしていると、辛い事もどこかへ消しとんで、一番幸福だという気がいたします。汚い人間の愛情より、私はこの子等への愛情で、私自身満たされて居ます。
 今迄、度々結婚も奨められましたが、所詮男なんて我儘…

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