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南京虫殺人事件
なんきんむしさつじんじけん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 13」 筑摩書房
1999(平成11)年2月20日
初出「キング 第二九巻第五号」1953(昭和28)年4月1日
入力者tatsuki
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-06-07 / 2014-09-21
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

消えた男

「ここの女主人は何者だろうな」
 この家の前を通る時、波川巡査は習慣的にふとそう思う。板塀にかこまれた小さな家だが、若い女の一人住いで、凄い美人と評判が高い。
 警察の戸口調査の名簿には「比留目奈々子二十八歳、職業ピアニスト」となっているが、ききなれない名前である。なるほど稀にピアノの音がすることもあったが、しょッちゅうシェパードらしい猛犬が吠えたてているので有名だった。
 今日もシェパードが吠え立てている。するとカン高い女の声がきこえた。
「なんですって! 小包……知りませんよ……脅迫するんですか!」
 波川巡査は思わず立ちどまった。とぎれとぎれにしか聞きとれないが、聞えた部分はなんとなく穏やかではない。女の語気もタダゴトではない見幕のようだ。
 男の声が何かクドクドとそれに答えているようだが、これは低くて全く聞きとれない。どうやら、玄関先で応対しているらしい。また、女の声。
「知りませんたら。なんですか、言いがかりをつけて! 警察へ訴えますよ!」
 この声をきいたとたんに、門の外にいた波川巡査は無意識にガラガラと門の戸をあけて、ズカズカと中へ入ってしまった。この家の一人住いの女主人がさだめし喜んでくれるだろうと思ったのである。
 ところが、妙なアンバイになった。玄間の土間に二人の男がいる。
 女主人の奈々子は室内から二人を見下して睨み合いの様子だったが、制服の巡査が闖入したので、同時にふりむいた三人のうち、むしろ誰よりも狼狽の色を見せたのは奈々子であった。
「なにか御用ですか」
 と息をはずませて、きびしく訊く。
「通りがかりに、警察へ訴えますよという声をきいて、思わずとびこんだんですが、自分が何かお役に立つことがあるでしょうか」
「いえ、なんでもないんです。内輪の人に、親しまぎれに、冗談云ったんですのよ」
「そうですか。自分の耳には冗談のようには聞えませんでしたが……」
 波川巡査は二人の男を観察した。一人は体格のガッシリした遊び人風の若い男だが、洋服は上物で、相当金のかかった服装だ。他の一人は病弱そうなインテリ風の眼鏡をかけた男で、寒そうに両手をオーバーのポケットに突ッこんでいる。土間の上に、皮製のボストンバッグが置かれていた。押売りにしては、二人の服装は悪くはない。
「なんでもないんですから、どうぞおひきとり下さいまして」
 奈々子にこう云われては、それ以上居るわけにもいかないので、観察も途中で切りあげて退出せざるを得なかった。
「どうも奇妙な組合せだ。内輪の親しい同志だと云ったが、そうらしくない様子だった。あのボストンバッグの中身は何だろう? なんとなく、気にかかるな」
 波川巡査は当年四十五というウダツのあがらぬ名物男。かねがね叩きこまれていた第六感という奴をヒョイと思いだして、
「そうだ。これが第六感という奴だぞ」
 一町ほど先の…

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