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小説集「聖女人像」後記
しょうせつしゅう「せいにょにんぞう」こうき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷
初出「聖女人像」光文社、1948(昭和23)年4月
入力者門田裕志
校正者Juki
公開 / 更新2013-05-11 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 終戦後私は、普通の小説を少しく書き、近代説話と自称する小説を多く書いた。この近代説話ものについては、聊か特殊の意図があったのである。
 いったい、短篇小説では、作者が真に言いたいこと、つまり作品の中核は、煎じつめれば案外に僅かなもので、大部分は主としてそれへの肉付けとなる。主要人物の境遇とか環境とか生活様式とか、さまざまなものを書かなければならない。然し、作者にとっては、執筆に際して何を考えたか、何を感じたか、それが最も大切なのである。言い換えれば、作品のモチーフが最も大切なのである。如何に面白い話があり、如何に興味ある事件があろうとも、どうしてもそれが作品にならない場合が多いことは、モチーフの重要性を証するものであろう。そしてこのモチーフとは、作者が作中人物と共感者になり、共犯者になり、共動者になるところの、一種の契機だと、ごく素朴に解釈してもよかろう。
 このモチーフは、普通の場合には、小さなもの、僅かなもの、一寸したものであることが多い。けれども往々にして、モチーフが大きくふくれあがることがある。小説の形式を破壊したがるほど拡大することがある。殊に、今度の世界大戦後の新たな時代には、それがある。と言うだけでは足りず、あらねばならないと私は思う。――例えば、吾々にとって、終戦後に何等かの決意が必然にあった筈である。人は、だらだらと新たな時代にはいりこめるものではない。草木にしても春先には急激に若芽を出す。それは草木の決意であり跳躍である。まして人間は、常に大なり小なりの決意で行動している。新時代への発足に際しては、大きな決意と跳躍とがある筈である。茲に、作者としての私のモチーフの膨脹があった。
 斯かるモチーフを生かすために、私は近代説話という小説を書き出した。私が真に言いたいことを充分に作中に盛りこみたかったのである。然し評論と違って小説なので、それを直接に文字に書けるわけではなく、叙述の裏付けとなすに止まること勿論である。そうではあるが、こういう作品では、細かな描写が甚だもどかしくなり、出来得る限り枚数を制限したく、つまり圧縮した作品にしたかった。
 そういうわけで、近代説話という方法を採ったのである。即ち、現実的な描写法と象徴的な表現法とを併用したし、また、出来る限り短く書いた結果、筋書的な乾燥を恐れて、話述体の文章にした。そうすることによって、芸術的な濡いと余韻とを作品に保たせたかったのである。結果から見ると、小説よりは詩に近いものとなった。
 詩に近いものとなったのは、他方、作者たる私の性格にも依るし、且つは作の主題にも依る。終戦後、何等かの踏み切りをなそうとしている人々、決意と跳躍とを身内に感じている人々、そういう人物を私は各方面に探求した。随って、彼等の気息は、現在にあるよりも寧ろ多く将来に通っている。そこに一種の詩が生れてくる。
 だが…

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