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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
副題16 その頃の消防夫のことなど
16 そのころのしょうぼうふのことなど
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者しだひろし
公開 / 更新2006-03-23 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 江戸のいわゆる、八百八街には、火消しが、いろは四十八組ありました。
 浅草は場末なれど、彼の新門辰五郎の持ち場とて、十番のを組といえば名が売れていました。もっとも、辰五郎は四十八組の頭の内でも巾の利く方でした。
 いうまでもなく、消防夫は鳶といって、梯子持ち、纏持ちなどなかなか威勢の好いものであるが、その頃は竜吐水という不完全な消火機をもって水を弾き出すのが関の山で、実際に火を消すという働きになると、今日から見ては他愛のない位のものであった。竜吐水の水はやっと大屋根に届く位、それも直接消火の用を足すというよりは、屋根に登って働いている仕事師の身体を濡らすに用いた位のもの……ゲンバという桶を棒で担い、後から炊き出しの這入ったれんじゃくをつけて駆け出した(これは弁当箱で消防夫の食糧が這入っている)。それから、差し子で、猫頭巾を冠り、火掛かりする。
 火消しの働きは至極迂遠なものには相違ないが、しかし、器械の手伝いがないだけ、それだけ、仕事師の働きは激しかった。身体を水に浸しながら、鳶口をもって、屋根の瓦を剥ぎ、孔を穿ち、其所から内部に籠った火の手を外に出すようにと骨を折る。これは火を上へ抜かすので、その頃の唯一の消火手段であった。
 で、この消し口を取るということがその組々の一番大事な役目であって、この事から随分争いを生じたものである。何番の何組がどの消し口を取ったとか、それによって手柄が現われたので、消防夫の功績は一にこれに由って成績づけられたものです。それで、纏のばれんは焼けても、消し口を取ると見込みをつけた以上、一寸も其所をば退かぬといって大層見得なものであった。
 消し口を取ると、消し札というものをぶら下げた。これは箱根竹に麻糸で結わえた細い木の札で、これが掛かると、その組々の消し口が裏書きされたことになったのです。
 その頃は、豪家になると、百両とか、二百両とか懸賞でその家を食い留めさせたものです。こういう時には一層消防夫の働きが凄まじかった。

 一体に、当時は町人の火事を恐れたことは、今日の人の想像も及ばぬ位である。それは現今の如く、火災保険などいうような方法があるではなく、また消火機関が完全してもいないから、一度類焼したが最後、財産はほとんど丸潰れになりました。中には丸焼けになったため乞食にまで身を落とした人さえある。今日では火事があって、かえって財産を殖やしたなどという話とは反対です。したがって火事といえば直ぐに手伝いに駆け附けた。生命の次ほど大変なことに思っていたこと故、見舞いに走せ附けた人たちをば非常にまた悦んだものである。
 ですから、火事見舞いは、当時の義理のテッペンでした。一番に駆けつけたは誰、二番は誰と、真先をかけた人を非常に有難く思い、丁寧に取り扱いました。差し当って酒弁当は諸方から見舞いとして貰った物を出し、明日は手拭に金包み…

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