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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID45967
副題15 焼け跡の身惨なはなし
15 やけあとのみじめなはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者しだひろし
公開 / 更新2006-03-23 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 帰ったのは九ツ過ぎ(十二時過ぎ)でした。さすがの火事もその頃は下火となって、やがて鎮火しました。
 火事の危険であった話や、父に扶けられた話や、久方ぶり、母との対面や何やかやで、雑炊を食べなどしている中、夜は白々として来ました。

 さて、翌朝になり、焼け跡はどうなったか。師匠の家の跡は……と父とともに心配をしながら行って見ると、師匠の家はない。焼け跡に、神田の塗師重の兄弟と、ほかに三人ばかり手伝いがボオンヤリと立っている。
 互いに顔を見合わせて、何よりもまず昨夜の話、師匠はこれこれ、我々はこれこれと父が物語る。塗師重兄弟も嘆息しながら、
「まずお互い様に生命に別条なく不幸中の幸い……しかし、我々は逃げ損くなって実に酷い目に逢いやした。逃げようといって、蔵前の方へも逃げられず、並木へと行けど、それも駄目なり。やむをえず河岸へ出たものだ。ところがちょうど引汐時であったから、それへ荷物をウーンと出したものだ。すると、また上潮になって来て、荷物は浮いて流れ出す。……それを縄で括って流すまいとするその大混雑……其所へ、河岸へ火が出て来て猛火に煽られ、こげ附くようになりながら、浮き上がった荷物の上へ、獅噛みつき、身体を水に濡らしては火の粉を除けるという騒ぎ、何んのことはない、火責め水責めを前後に受けて生きた心地もしなかった。それに苦しい上にも苦しかったことは、あの、「乾」の烟草屋の物置きに火が掛かると、ありたけの烟草が一どきに燃え出して、その咽ることは……焦熱地獄とはこんなものかと目鼻口から涙が出やした」
と、今は寒さに震えながら、下火に当っての物語、……茫々莫々たる焼け跡の真黒な世界は、師走の鉛色な空の下に無惨な状で投げ出されていました。
 師匠の荷物は、この兄弟が川の中で扶けたものばかりと、手伝いの人が持って帰って、後に届けてくれたもの少々とが残ったほかには、何も残りませんでした。笑い事ではありませんが、前述の万年屋の前で、師匠が大事に背負って行った大風呂敷の包みは、諏訪町河岸にいた師匠の妹の夜具蒲団であったので「わざわざ本所まで背負って行ったものの、これは妹に返さねばならない」と、後で、師匠が苦笑しました。
 ところが、また不思議なことには、私の道具箱が何処にどう潜んでいたか、そのままに助かった。それは、まだ子供のこととて、羊羹の折を道具箱にしたもので、切り出し、丸刀、鑿、物差などが這入っていた。これが助かったので、後に大変役に立ちました。
 何しろ、今度の火事は変な火事で、蔵前の人々は、家が残って荷物が焼けました。これは、荷物を駒形の方へ出したためです。急に西風に変ったために蔵前の家々は残りました。ちょうど、黒船町の御厩河岸で火は止まりました。榧寺の塀や門は焼けて本堂は残っていた。

 この大火が方附いてから、あの本願寺の門の前を通ると、駒形堂が真直に見え…

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