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江木欣々女史
えぎきんきんじょし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新編 近代美人伝 (下)」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年12月16日
初出「婦人公論」1938(昭和13)年4月
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-05-27 / 2014-09-21
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

 大正五年の三月二日、あたしは神田淡路町の江木家の古風な黒い門をくぐっていた。
 旧幕の、武家邸の門を、そのままであろうと思われる黒い門は、それより二十年も前からわたしは見馴れているのだった。わたしは日本橋区の通油町というところから神田小川町の竹柏園へ稽古に通うのに、この静な通りを歩いて、この黒い門を見て過ぎた。その時分から古い門だと思っていたが、そのころから、江木氏の住居かどうかは知らなかった。
「この古い門のなかに、欣々女史がいるのですかねえ。」
 連立った友達は、度の強い近眼鏡を伏せて、独り笑みをしていた。
「冷灰博士――そっちの方のお名には、そぐわないことはないけれど」
 友達が言うとおりだった『冷灰漫筆』の筆は、風流にことよせて、サッと斬りおろす、この家の主人の該博な、鋭い斬れ味を示すものだった。だが、今を時めく、在野の法律大家、官途を辞してから、弁護士会長であり法学院創立者であり、江木刑法と称されるほどの権威者、盛大な江木衷氏の住居の門で、美貌と才気と、芸能と、社交とで東京を背負っている感のある、栄子夫人を連想しにくい古風さだった。しかしまたそれだけ薄っぺらさもなかった。含みのある空気を吸う気もちであった。
 たそがれ時だったが、門内にはいるとすっかり暗くなった。
 梅が薫ってくる。もう、玄関だった。
 広い式台は磨かれた板の間で、一段踏んでその上に板戸が押開かれてあり、そこの畳に黒塗りぶちの大きな衝立がたっている。その後は三間ばかりの総襖で、白い、藍紺の、ふとく荒い大形の鞘形――芝居で見る河内山ゆすりの場の雲州松江侯お玄関さきより広大だ、襖が左右へひらくと、黒塗金紋蒔絵のぬり駕籠でも担ぎだされそうだった。
「これはどうも――平民は土下座しないと――」
と、平日は口重な、横浜生れではあるが、お母さんは山谷の八百善の娘であるところの、箏の名手である友達は、小さな体に目立ない渋いつくりでつつましく、クックッと笑った。
 気持ちの好い素足に、小倉の袴をはいた、と五分苅りの少年書生が横手の襖の影から飛出して来て広い式台に駈けおりて、
「どうぞ。」
と、招いた客の人相をよく言いきかされて、呑込んでいるように笑顔で先導する。
 次の間には、女の顔が沢山出むかえた。
「さあ、こちらへ、さあこちらへ。」
 招じられた客間は、ふかふかした絨毯、大きな暖炉に、火が赤々としていた。
 春には寒い――日本の弥生宵節句には、すこしドッシリした調子の一幅の北欧風の名画があったともいえようし、立派な芝居の一場面が展開されるところともいえもしよう形容を、と見るその室内は有っていた。
 欣々夫人の座臥居住の派手さを、婦人雑誌の口絵で新聞で、三日にあかず見聞しているわたしたちでも、やや、その仰々しい姿態に足を止めた。
 客間の装飾は、日本、支那、西洋と、とりあつ…

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