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遠藤(岩野)清子
えんどう(いわの)きよこ
作品ID45977
著者長谷川 時雨
文字遣い新字新仮名
底本 「新編 近代美人伝 (下)」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年12月16日
初出「婦人公論」1938(昭和13)年2~3月
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2007-11-22 / 2014-09-21
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 それは、華やかな日がさして、瞞されたような暖かい日だった。
 遠藤清子の墓石の建ったお寺は、谷中の五重塔を右に見て、左へ曲った通りだと、もう、法要のある時刻にも近いので、急いで家を出た。
 と、何やら途中から気流が荒くなって来たように感じた。
「これは、途中で降られそうで――」
と、自動車の運転手は、前の硝子から、行く手の空を覗いて言った。
 黒い雲が出ている。もっと丁寧にいうと、朱のなかへ、灰と、黒とを流しこんだような濁りがたなびいている。こちらの晴天とは激しい異いの雲行きだ。
 赤坂からは、上野公園奥の、谷中墓地までは、だいぶ距離があるので、大雨には、神田へかかると出合ってしまった。冬の雨にも、こんな豪宕なのがあるかと思うばかりのすさまじさだ。
 私はすっかり湿っぽく、寒っぽくなってしまって、やがてお寺へ着いたが、そこでは、そんなに降らなかったのか、午前中からの暖かい日ざしに、何処もかも明け放したままになって、火鉢だけが、火がつぎそえられてあった。
 その日のお施主側は、以前の青鞜社の同人たちだった。平塚らいてう、荒木郁子という人たちが専ら肝入り役をつとめていた。死後、いつまでも、お墓がなかった遠藤清子のために、お友達たちがそれを為した日の、供養のあつまりだった。
 会計報告が、つつましやかに、秘々と示された。ずっと一隅によって、白髪の、羽織袴の角ばった感じの老人と、その他にも一、二の洋服の男がいたので、その人たちへの遠慮で、後のことなどの相談をした。会費と、後々の影向料とがあつめられたりした。
 やがて、本堂へ案内された。打揃って座についたが、本堂は硝子障子が多いので、書院よりは明るいが、その冷はひどかった。読経もすこしも有難みを誘わなかったが、私は、眼の前の畳の粗い目をみつめているうちに、そのあたりの空間へ、白光りの、炎とも、湯気とも、線光とも、なんとも形容の出来ない妙なものが、チラチラとしてきた。
 ――遠藤清子さんは悦んでいるだろう。
 たしかにそうも思いはしたが、それよりも、急に、わたしの胸を衝いてきたものがある。廿五年の歳月は、こんなにもみんなを老わしたかと――
 誰の頭髪にも、みんな白髪の一本や二本――もっとあるであろう。その面上にも、細かき、荒き、皺が見える。
 ひとり、ひとりが、焼香に立った。
 悪寒が、ぞっと、背筋をはしると、あたしはがくがく寒がった。雨のなかを通りぬけて来た時からの異状が、その時になって現われたのだが、すぐ後にいた岡田八千代さんがびっくりして、
「はやく、火鉢のある方へ行かなければ。」
と案じてくれた。生田花世さんも、外套をもって来ましょうかといってくれた。
 みんなも気がついて、向うへ行っていよとすすめる。焼香もすましているので、あたしは親切な友達たちのいう言葉にしたがった。
 外套にくるまっ…

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