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大塚楠緒子
おおつかなおこ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新編 近代美人伝 (下)」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年12月16日
初出「婦人画報」1915(大正4)年10月
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-05-29 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 もうやがて二昔に近いまえのことでした。わたしは竹柏園の御弟子の一人に、ほんの数えられるばかりに、和歌をまなぶというよりは、『万葉集』『湖月抄』の御講義を聴講にいっておりました。すくなくても十人、多いときは二、三十人の人たちが、みんな熱心に書籍の中へ書入れたり、手帖へうつされたりしていました。男子も交る時もありましたが、集りは多く女子ばかりで、それも年若い美しい方たちが重でした。
 美しい方たちの寄合うなかでも、何時までも忘れぬ印象をとめているという方は、さてすくないものと、今更に淋しい思出のなかに、くっきりと鮮かに初対面の姿の目に残っているのは、大塚楠緒子女史の面影でした。
 やや面長なお顔だち、ぱっちりと見張った張りのある一重瞼。涼しいのも、爽かなのも、凛としておいでなのもお目ばかりではありませんでした。明晰な声音やものいいにも御気質があらわれていたのでしょうと思います。思うこともなげな、才のある若い美しい方の頬の色、生々として、はっきりと先生におはなしをなさってでした。濃い髪を前髪を大きめにとって、桃割れには四分ばかりの白のリボンを膝折り結びにかたく結んでかけてお出でした。二尺の袖かと思うほどの長い袖に、淡紅色の袖を重ねた右の袂を膝の上にのせて、左の手で振りをしごきながら、目を先生の方を正しくむいてすこし笑ったりなさいました。
 帯は高く結んでお出でしたが、どんな色合であったか覚えておりません。忘れたのか、それともその時は、ずっと襖の側に並んで座っていましたから、其処から見えなかったのかも知れません。召物は白い上布であらい絣がありました。
 その方がその当時、一葉女史を退けては花圃女史と並び、薄氷女史より名高く認められていた、楠緒女史とは思いもよりませんでした。自分たちと同じほどの年頃のお方かと思っていましたが、女史は二十一か二の頃でありましたろう。お連合の博士は海外へ留学なさってお出のころでした。
 四年ばかりたちました。春三月に竹柏会の大会が、はじめて日本橋倶楽部で催されたおりにはっきりと楠緒女史はあの方だと思ってお目にかかりました。もうその頃はずっと地味づくりになって、意気なおつくりで黒ちりめんの五ツ紋のお羽織を着てお出でした。女のお子のおありのこともその時に知りました。
 その後も何かの会のおり、写真を写すおり、御一緒になって一言二言おはなししたこともありましたが、私の思出は何時も一番お若いときの、袖を撫ておはなしをなさっていた面影が先立ちます。
 容姿も才智も世にすぐれてめでたき人、面影は誰にも美しい思出を残している女史は、数えれば六年前、明治四十三年に三十六歳を年の終りにして、霜月九日の夕暮に大磯の別荘にて病のためにみまかられてしまいました。
 女史には老たる両親がおありでした。三人の女のお子と、その折に二歳になる男のお子とをお残しでした。…

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