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平塚明子(らいてう)
ひらつかあきこ(らいちょう)
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新編 近代美人伝 (上)」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年11月18日
初出「婦人画報」1922(大正11)年9月
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-05-23 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

 らいてうさま、
 このほどお体は如何で御座いますか。爽やかな朝風に吹かれるといかにもすがすがしくて、今日こそ、何もかもしてしまおうと、日頃のおこたりを責められながら、私は、貧乏な財袋よりもなお乏しい頭の濫費をしつつ無為な日を送っております。
 御あたりはお静かでございますか。田舎での御生活は、どこやら不如意なようでいて、充実されたものであろうと、お羨しくぞんじます。あなたのお体にもよし、御家庭にもしみじみとした味の出た事と存じます。お子さまがたは、御自分たちのお母さまとして、日夜お傍に親しむことのお出来になるのを、どんなに現わし得ない感謝をもって、およろこびなされている事かと、あたくしでさえ嬉しい心地がいたします。そして風物は悠々として、あなたの御健康を甦えらせていることとぞんじます。

       二

 らいてうさま、
 那須野を吹く風は、どんな色でございましょう。玉藻の前の伝説などからは紫っぽい暗示をうけますが、わたくしの知る那須野の野の風は白うございます。冬など、ふと灰色がかるようにも感じられますが、わたくしには何となく白いように思われます。その白さも、薔薇の白ではなくて、白夜、白雨といった感じ、夏らしい清新の感がともなっております。
 わたくしは那須野をよく知りません。奥州へ行ったおり、時折通りすぎた汽車の窓からあかず眺めて通ったところで御座います。あの広々した野を見ると、せせこましい、感情にのみ囚われている自分から解きほどかれて、自由な、伸々した、空飛ぶ鳥のような勇躍をおぼえました。わたくしは山は眺めるのを好みます。海の眺めも好きです。が、野の景色ほどしみじみと好きなものはございません。あかず行く雲のはてを眺め、野川の細流のむせぶ音を聞き、すこしばかりの森や林に、風の叫びをしり、草の戦ぎに、時の動きゆく姿を見ることが望みでございます。むさしのに生れて、むさしのを知らぬあこがれが、わたくしの血の底を流れているのでございましょう。
 いま、わたくしの目の前、小さな窓も青葉で一ぱいで御座います。思いは遠く走って、那須野の、一望に青んだ畑や、目路のはての、村落をかこむ森の色を思いうかべます。御住居は、夏の風が青く吹き通していることと思います。白い細かい花がこぼれておりましょう。うつ木、こてまり、もち、野茨――栗の葉も白い葉裏をひるがえしておりましょう。塩原へ行く道を通っただけの記憶でも、那須は栗の沢山あるところだと思いました。小さな、一尺二、三寸の木の丈で、ほんの芽生えなのに青い栗毬をつけていたことを思い出します。
 昨夜は、もう入梅であろうに十五日の月影が、まどかに、白々と澄んでおりました。夏の月影の親しみぶかさ――そんなことを思いながら眺めておりました。そちらの月の夜は、夜鳥もさぞ鳴きすぎることでございましょう。月明に、夜空に…

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