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松井須磨子
まついすまこ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新編 近代美人伝 (上)」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年11月18日
初出「婦人画報」1919(大正8)年4月
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-05-21 / 2014-09-21
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

 大正八年一月五日の黄昏時に私は郊外の家から牛込の奥へと来た。その一日二日の私の心には暗い垂衣がかかっていた。丁度黄昏どきのわびしさの影のようにとぼとぼとした気持ちで体をはこんで来た、しきりに生の刺とか悲哀の感興とでもいう思いがみちていた。まだ燈火もつけずに、牛込では、陋居の主人をかこんでお仲間の少壮文人たちが三五人談話の最中で、私がまだ座につかないうちにたれかが、
「須磨子が死にました」
と夕刊を差出した。私はあやうく倒れるところであった。壁ぎわであったので支えることが出来た。それに何よりもよかったのは夕暗が室のなかにはびこっていたので、誰にも私の顔の色の動いたのは知れなかった。死ねるものは幸福だと思っていたまっただなかを、グンと押して他の人が通りぬけていってしまったように、自分のすぐそばに死の門が扉をあけてたおりなので、私はなんの躊躇もなく、
「よく死にましたね」
と答えてしまった。みんな憮然として薄ぐらいなかに赤い火鉢の炭火を見詰めた。
「でも、ほんとに死ねる人は幸福じゃありませんか? お須磨さんだって、島村先生だから……」
 すこし僭越な言いかたをしたようだと思ったので私はなかばで言いさした。私は須磨子の自殺の原因がなんだかききもしないうちから、きくまでもないもののように思っていた。
「彼女が芸術を愛していれば死ねるものではないだろうに……死ななくったって済むかと思われますね。財産もあるのだというから外国へでも行けば好いに」
 電気が点くと、そう言った人のあまり特長のない黒い顔を見ながら、この人は恋愛を解さないなと思った。一本気で我執のかなり強そうだったお須磨さんは、努力の人で、あの押きる力は極端に激しく、生死のどっちかに片附けなければ堪忍できないに違いない。
「とにかくよく死んだ。是非はどうとも言えるが、死ぬものは後の褒貶なんぞ考える必要はないから」
と言うものもあった。死んだという知らせを電話で聞いて、昂奮して外へは出て見たが何処へいっても腰が座らないといって、モゾモゾしている詩人もあった。けれど、みんな理解を持っているので、芳川鎌子の事件の時なぞほど論じられなかった。
「島村さんの立派な人だったってことが世間にもわかるだろう。須磨子にもはっきりと分ったのでしょう」
 そんなことが繰返えされた。全く彼女は、島村さんの大きい広い愛の胸に縋り、抱かれたくなって追っていったのであろうと、私は私で、涙ぐましいほど彼女の心持ちをいじらしく思っていた。
 連中が出ていってしまってからも私はトホンとして火鉢のそばにいた。生ている悩みを、彼女も思いしったのであろう。種々な、細かしい煩ささが彼女を取巻いたのを、正直でむきな心はむしゃくしゃとして、共にありし日が恋しくて堪えられなくなったのであろうと思うと、気がさものばかりが知るわびしさと嘆きを思…

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