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晩菊
ばんぎく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「短篇小説名作選」 現代企画室
1981(昭和56)年4月15日
初出「別冊文芸春秋」文藝春秋、1948(昭和23)年11月号
入力者土屋隆
校正者小林繁雄
公開 / 更新2004-12-23 / 2014-09-18
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 夕方、五時頃うかゞひますと云ふ電話であつたので、きんは、一年ぶりにねえ、まァ、そんなものですかと云つた心持ちで、電話を離れて時計を見ると、まだ五時には二時間ばかり間がある。まづその間に、何よりも風呂へ行つておかなければならないと、女中に早目な、夕食の用意をさせておいて、きんは急いで風呂へ行つた。別れたあの時よりも若やいでゐなければならない。けつして自分の老いを感じさせては敗北だと、きんはゆつくりと湯にはいり、帰つて来るなり、冷蔵庫の氷を出して、こまかくくだいたのを、二重になつたガーゼに包んで、鏡の前で十分ばかりもまんべんなく氷で顔をマッサアジした。皮膚の感覚がなくなるほど、顔が赧くしびれて来た。五十六歳と云ふ女の年齢が胸の中で牙をむいてゐるけれども、きんは女の年なんか、長年の修業でどうにでもごまかしてみせると云つたきびしさで、取つておきのハクライのクリームで冷い顔を拭いた。鏡の中には死人のやうに蒼ずんだ女の老けた顔が大きく眼をみはつてゐる。化粧の途中でふつと自分の顔に厭気がさして来たが、昔はヱハガキにもなつたあでやかな美しい自分の姿が瞼に浮び、きんは膝をまくつて、太股の肌をみつめた。むつくりと昔のやうに盛りあがつた肥りかたではなく、細い静脈の毛管が浮き立つてゐる。只、さう痩せてもゐないと云ふことが心やすめにはなる。ぴつちりと太股が合つてゐる。風呂では、きんは、きまつて、きちんと坐つた太股の窪みへ湯をそヽぎこんでみるのであつた。湯は、太股の溝へぢつと溜つてゐる。吻つとしたやすらぎがきんの老いを慰めてくれた。まだ、男は出来る。それだけが人生の力頼みのやうな気がした。きんは、股を開いて、そつと、内股の肌を人ごとのやうになでてみる。すべすべとして油になじんだ鹿皮のやうな柔らかさがある。西鶴の「諸国を見しるは伊勢物語」のなかに、伊勢の見物のなかに、三味を弾くおすぎ、たま、と云ふ二人の美しい女がゐて、三味を弾き鳴らす前に、真紅の網を張りめぐらせて、その網の目から二人の女の貌をねらつては銭を投げる遊びがあつたと云ふのを、きんは思ひ出して、紅の網を張つたと云ふ、その錦絵のやうな美しさが、いまの自分にはもう遠い過去の事になり果てたやうな気がしてならなかつた。若い頃は骨身に沁みて金慾に目が暮れてゐたものだけれども、年を取るにつれて、しかも、ひどい戦争の波をくぐり抜けてみると、きんは、男のない生活は空虚で頼りない気がしてならない。年齢によつて、自分の美しさも少しづつは変化して来ていたし、その年々で自分の美しさの風格が違つて来てゐた。きんは年を取るにしたがつて派手なものを身につける愚はしなかつた。五十を過ぎた分別のある女が、薄い胸に首飾りをしてみたり、湯もじにでもいゝやうな赤い格子縞のスカートをはいて、白サティンの大だぶだぶのブラウスを着て、つば広の帽子で額の皺を隠すやうな妙な小…

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