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百姓弥之助の話
ひゃくしょうやのすけのはなし
副題01 第一冊 植民地の巻
01 だいいっさつ しょくみんちのまき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中里介山全集第十九巻」 筑摩書房
1972(昭和47)年1月30日
入力者隣人館
校正者多羅尾伴内
公開 / 更新2005-02-01 / 2014-09-18
長さの目安約 105 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 第一冊の序文

 人間世界第一の長篇小説「大菩薩峠」の著者は今回また新たなる長篇小説「百姓弥之助の話」を人間世界に出す。
「百姓弥之助」は日本帝国の忠実なる一平民に過ぎない、全く忠実なる一平民以上でも無ければ以下でもない、この男は日本の国に於て義務教育程度の学校教育だけは与えられている、それ以上の学校教育なるものの恩恵は与えられていない、貧乏と、貧乏から来る内外の体験は厭というほど嘗めさせられているけれども、社会的に人外の差別待遇を蒙るほどの悪視酷遇は受けていない、宗教的には極重罪悪下々凡々の一肉塊に過ぎないが、法律的には未だ前科の極印を打たれた覚えも無い、どうやら人の厄介にならず生きて行けるだけで、人の為に尽そうとしても尽し得る余力が無いのは遺憾きわまりが無いが、如何とも致し難い、官禄の一銭も身に受けていないし、名誉職の一端を荷うほどの器量も無い、ただ一町歩の畑と一町五畝の山林の所有者で、百姓としては珍しく書を読むことと、正道に物を視るだけが取柄である。
「百姓弥之助の話」はこの男が、僅かに一町歩の天地の間から見た森羅万象の記録である、これこそ真に「葭の蕊から天上のぞく」小説中の小説、囈語中の囈語と云わなければなるまい。「大菩薩峠」は、材を日本の幕末維新の時代に取った一つのロマンスであるとすれば、この「百姓弥之助の話」は、日支事変という歴史的空前の難局の間に粟粒の如く置かれた百姓弥之助の、現実に徹した生活記録とも云えるけれども、要するに小説中の小説であり囈語中の囈語であることは、重ねて多言を要しない。
 自ら筆を執って書いた処もあれば、そうで無いところもあるが、要するに文字上の責任は、百姓弥之助の唯一無二の親友たる介山居士が背負って立ち、出版の方も同氏が一肌ぬいで呉れることになり、隣人社の諸君のお骨折によって、今後、一年に数冊――ずつを、新聞雑誌によらず、この形式で処女単行として世に出し得られる仕組みになっている。偏に御賛成を願いたいものである。

神武紀元二千五百九十八年
西暦千九百三十八年
昭和十三年
  春のお彼岸の日
百姓弥之助 敬白
[#改段]


 第一冊 植民地の巻


       一

 百姓弥之助は、武蔵野の中に立っている三階艶消ガラスの窓を開いて、ずっと外を見まわした。いつも見飽きている景色だが、きょうはまた馬鹿に美しいと思った。
 秩父連山雄脈、武蔵アルプスが西方に高く聳えて、その背後に夕映の空が金色にかがやいている、それから東南へ山も森も関東の平野には今ぞ秋が酣である、弥之助のいる建物は武蔵野の西端の広っぱの一戸建の構えになっている。南に向いている弥之助の眼の前は畑を通して一帯の雑木林が続いて、櫟楢を主とする林木が赤に黄に彩られている、色彩美しいと云わなければならぬ。その雑木林から崖になっている多摩川沿いに至るまでの間がここの本…

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