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奥の海
おくのうみ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅱ」 三一書房
1970(昭和45)年1月31日
初出「別冊週刊朝日」1956(昭和31)年4月
入力者佐野良二
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-09-13 / 2014-09-21
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 京都所司代、御式方頭取、阪田出雲の下役に堀金十郎という渡り祐筆がいた。
 御儒者衆、堀玄昌の三男で、江戸にいればやすやすと御番入もできる御家人並の身分だが、のどかすぎる気質なので、荒けた東の風が肌にあわない。江戸を離れて上方へ流れだし、なんということもなく、京都に住みついてしまった。
 筆なめピンコともいう、渡り祐筆の給金は三両一人扶持。これが出世すると、七両と二人扶持をもらって渡り用人になるのだが、そこまでもいかない。
 泉通りにある御用所の長屋をもらい、三十になっても独身で、雇三一の気楽な境界に安着しているようだったが、天保七年の飢饉のさなかに、烏丸中納言のおん息女、知嘉姫さまという[#挿絵]たき方を手に入れ、青女房にして長屋におさめた。烏丸中納言は十年にわたる飢饉を凌ぎかね、三両と米一斗で知嘉姫を売り沽かしたという説もあるが、この縁組みを望んだのは、知嘉姫そのひとだったので、そういう事実はなかったようである。
 所司代御式方というのは、堂上諸家への進上物、寒暑吉凶の見舞、奉書の取次などをつかさどる役だが、久しい以前からの慣習で、春の節句に、諸家の奥向きへ、お土産といって江戸小間物を進上するのが式例になっている。
 御用所用人の役目で、物書などの出る幕ではないのだが、その年は事務繁多で手繰りがつかず、金十郎が用人並に格上げされて邸廻りをした。
 天保元年に、京都に地震があり、ほうぼうの築地や下屋が倒壊したが、その修理もまだできていない。公卿の館も堂上の邸も、おどろしいばかりに荒れはて、人間の住居とも思われない。
 金十郎は階ノ間に通って、几帳の奥にいる方に進物の口上を披露するのだが、行く先々で見物にされるのでやつれてしまった。摂家も清華も、貧乏なくせに位ばかり高く、位負けして適齢を越えても、嫁に行くことができない。そういうお姫さま方が、人懐しそうに几帳の陰からジッとこちらを見る。黒い眼が金十郎の顔に吸いついて離れない。
 あえかにも美しいひとたちが、五十の皺面に仇な化粧をし、几帳の陰でひっそりと朽ちて行くのかと思うと、いかにもあわれである。力に及ぶことなら、不幸な境界からひきだしてやりたい。そういう鬱懐があるので、烏丸中納言の館に上ったとき、つい思いが迫って、几帳の奥のひとに口説きかけたら、うれしく思います、という返事があった。
 ひと月もたたぬうちに、そのことは御用所じゅうに知れわたった。所司代の手付、掛川藩の士はすれっからしが多いので、やっかみ半分にいろいろなことをいう。
「金十郎、ここへ来い。早いとこをやったな。ときに、どんなようすだったえ。隠すことはない、わしにもおぼえがあるのだ。几帳の陰から見つめられ、それでコロリと落っこちたか」
「ははっ」
「それが、たいへんなまちがい。わしも感ちがいをして眼の色を変えたが、後々に、ありようが知れたよ。お娘…

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