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顎十郎捕物帳
あごじゅうろうとりものちょう
副題07 紙凧
07 たこ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅳ」 三一書房
1970(昭和45)年3月31日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-01-07 / 2014-09-21
長さの目安約 44 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   新酒

「……先生、お茶が入りました」
「う、う、う」
「だいぶと、おひまのようですね。……鞴祭の蜜柑がございます、ひとつ召しあがれ」
「かたじけない。……季節はずれに、ひどくポカつくんで、うっとりしていた」
 大きなあくびをひとつすると、盆のほうへ手をのばして蜜柑をとりあげる。
 十一月の入りかけに、四五日ぐっと冷えたが、また、ねじが戻って、この三四日は、春のような暖かさ。
 黒塗の出格子窓から射しこむ陽の光が、毳立った坊主畳の上へいっぱいにさす。
 赤坂、喰違の松平佐渡守の中間部屋。
 この顎十郎、どういうものか、中間、陸尺、馬丁なぞという手やいに、たいへん人気がある。あちらの部屋からも、こちらの部屋からも、どうかわっしどものほうへも、と迎いに来る。
 [#挿絵]のすりきれた古袷と剥げッちょろ塗鞘の両刀だけの身上。
 本郷の金助町に、北町奉行所の与力筆頭をつとめる森川庄兵衛というれっきとした叔父がいて、そこへさえ帰れば、小遣いに困るようなこともないのだが、この十月、甲府の勤番をやめてヒョロリと江戸へ舞いもどって来た日いらい、ほうぼうの部屋をころがり歩いて、叔父の家へは消息さえしない。
 叔父庄兵衛の組下で神田の御用聞、ひょろりの松五郎だけが顎十郎が江戸に帰って来ていることを知っているが、金助町へ知らせないようにと堅く口どめしてある。
 そういうわけだから、金ッ気などのあろうわけがない、まるっきり文無し。中間、陸尺のほうでもそんなことは先刻ご承知。
 無理にじぶんの部屋へ引っぱってカモにしようの、振るまいにつこうのというのではない。気ままに寝ッころがらしておいて、寄ってたかって世話を焼き、ぽってりと長い顎を撫でて、うへえと悦に入る長閑な顔が見たいのだという。
 脇坂の部屋を振りだしに榎坂の山口周防守の大部屋、馬場先門の土井大炊頭、水道橋の水戸さまの部屋というぐあいに順々にまわって、十日ほど前から、この松平佐渡守の中間部屋に流連荒亡している。
 顎十郎は、色のいい蜜柑を手の中でころがしながら、
「おい、三平、これが鞴祭の蜜柑か」
「へい」
 顎十郎はニヤリと笑って、
「ごまかしても、だめだ。……こりゃあ、鞴祭の撒き蜜柑じゃねえ、屋敷の御厨部屋からくすねてきたんだろう」
 三平という中間は、えへ、と頭へ手をやって、
「あいかわらず先生にはかなわない。……ど、どうして、それがわかります。……蜜柑にしるしでもついていますか」
「これは、河内で出来る『八代』という変り蜜柑で、鍛冶屋や鋳物師の二階の窓から往来へほおる安蜜柑じゃねえ。……ご親類の松平河内守から八日祭のおつかいものに届いたものに相違ない。……それを、お前がチョロリとちょろまかして来た。……どうだ、お見とおしだろう」
 三平は恐れ入って、
「まったくのその通りなんで……。さっきお雑蔵の前をとおると、入…

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