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顎十郎捕物帳
あごじゅうろうとりものちょう
作品ID46132
副題16 菊香水
16 きくこうすい
著者久生 十蘭
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅳ」 三一書房
1970(昭和45)年3月31日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-01-13 / 2014-09-21
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   恍けた手紙

「……手紙のおもむき、いかにも承知。……申し越されたように、この手紙の余白に、その旨を書きつけておいたから、これを御主人に差しあげてくれ」
「それで、御口上は?」
 若いくせに、いやに皺の多い古生姜のようなひねこびた顔で、少々ウンテレガンらしく、口をあけてポカンと顎十郎の顔を見あげながら、返事を待っている。
「わからねえ奴だな。……だから、お前の持って来た手紙のはしに、かならずお伺いいたしますとちゃんと書いてあるというンだ」
 へへえ、と、まだ嚥みこめぬ顔で、
「つまり、これをまた持って帰りますれば、それでよろしいので、……なんだか、妙だ」
 顎十郎は癇癪を起して、
「なにも妙なことはねえ。お前のほうがよっぽど妙だ。なんでもいいから、これを持って帰って、お前の主人に渡しゃアそれでいいんだ」
「へい」
「わかったか」
「ええ、まア、……わかりました」
「わかったら、さっさと帰れ」
「では、さようなら」
「なにがさようならだ、馬鹿にした野郎だ」
 文筥を手に持ってノソノソ帰って行く中間のうしろ姿へいまいましそうに舌打ちをひとつくれて、二階の自分の部屋へもどって来る。顎十郎、または『顎化け』ともいわれる、北町奉行所の帳面繰り、仙波阿古十郎。
 本郷真砂町の裏長屋、荒物屋の二階借り。のぞきおろすといかにも貧相な露地おく。日あたりの悪い窓がまちに腰をかけて、いま受けとった手紙のことを考える。
 その手紙は、白痴面の中間へ返してしまったから、文章までもおぼえてはいないが、おもむきはよくわかっている。
 ひと口には、なんとも形容しかねるような奇抜な趣意だった。
 ……高位の御人命にかかわる奇異な事態につき、極秘に御智慧を拝借いたしたく、はばかりながら、今夕、五ツ刻、拙宅まで御光来をねがわれますれば幸甚のいたりでございます。御入来のせつは、なにとぞ、西側の裏木戸から。これは、押せばひらくようになっております。いささか仔細がござって、一切お出むかいはいたしませんから、泉水について、飛石づたいにどんどんお進みになると、その奥に数寄屋ふうな離れ座敷がありますから、委細かまわずそのまま縁からおあがりなさって、差しおきました緋色繻珍の褥に御着座になり、脇息に肘などをおつきなされ、尊大なる御様子にて半刻ほどお待ちねがいます。御無聊のこともあろうと存じ、いささか酒肴の仕度をいたしてございます。横柄なるお声で、おいおいと、ひと声、ふた声お呼びくだされば、打てば響くというふうに、腰元どもなり、あるいはまた、三太夫とも申すべき奴らがたちどころに立現れまして、いかなる御用命にも即座にお応えするようになっておりますから、なんなりと鷹揚にお申しつけくださいますよう。なおなお、少々心得もございますから、この手紙の余白に、御意のほどをひと筆御染筆、使いの者に御手交くださらば有難く存じ…

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