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顎十郎捕物帳
あごじゅうろうとりものちょう
作品ID46136
副題20 金鳳釵
20 きんぽうさ
著者久生 十蘭
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅳ」 三一書房
1970(昭和45)年3月31日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-01-16 / 2014-09-21
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   花婿

 二十四日の亀戸天神様のお祭の夜からふりだした雨が、三十一日になっても降りやまない。
 神田佐久間町の焙烙長屋のドンづまり。古井戸と長屋雪隠をまむかいにひかえ、雨水が溝を谷川のような音をたてて流れる。風流といえば風流。
 火鉢でもほしいような薄ら寒い七ツさがり。火の気のない六畳で裸の脛をだきながらアコ長ととど助がぼんやり雨脚を眺めているところへ、油障子を引きあけて入って来たのが、北町奉行所のお手付、顎十郎のおかげでいまはいい顔になっている神田の御用聞、ひょろりの松五郎。
 二升入りの大きな角樽をさげニヤニヤ笑いをしながらあがって来て、
「へへへ、案の定ひどくシケていますね。たぶん、こんなこったろうと思ってこうしてお見舞いにあがりました。今朝『宇多川』に着いたばかりの常陸の地廻り新酒、霜腹よけに一杯やって元気をつけてください。……こうしておいて、またいつか智慧を借りようという欲得づく」
 いいほどに飲んでいるところへ『神田川』から鰻の岡持がはいる。すっかり元気になって三人鼎になって世間話をしていたが、そのうちにひょろ松は、なにか思い出したように膝を打って、
「阿古十郎さんもとど助さんも、そとで稼ぐ商売だからもうご存じかも知れませんが。……阿古十郎さん、万和の金の簪の話をお聴きになりましたか」
「万和といえば深川木場の大物持ち。吉原で馬鹿な遊びをするから奈良茂のほうがよく知れているが、金のあるだんになったら、万屋和助は奈良茂の十層倍、茂森町三町四方をそっくり自分の屋敷にし、堀に浮かした材木をぬかして五十万両は動かぬという話。姉娘のお梅というのが叔父の娘の花世の友達で、ちょくちょく金助町へ遊びに来ていたから顔は一二度見たことがある。……それで、万和の金の簪というのは、いったいどんな話だ」
 ひょろ松は、なんということはなく坐りなおして、
「それがどうも、じつに奇妙。そのまま怪談にでもなりそうな筋なンです。時雨がかったこんな薄ら寒い晩にはもってこいという話。……明日から月代りで今日一日は暇。ご存じなかったら、ひとつ、お話しましょうか」
「ひどく改まったな。が、落のあるのはごめんだぜ」
 ひょろ松は、膝をにじり出して、
「まア、まぜっかえさずにお聴きなさい。……話はすこし古くなるンですが、今からちょうど十五年前。おなじ木場に山崎屋金右衛門という材木問屋。金三郎という八つになる伜があり、万和のほうには、いまあなたがおっしゃったお梅という娘があって、当時これが四つ。万屋のほうも山崎屋のほうもおなじく木曽から出てきて、もとをたずねると遠い血つづき。これまでも親類同様、互いに力になりあってやって来たのだから、いっそお梅さんを金三郎の嫁に、というと、それはなによりの思いつきというわけで、襁褓のうちから二人を許婚にし、山崎屋から万和へ約束のしるしに鳳凰を彫った金無垢…

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