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顎十郎捕物帳
あごじゅうろうとりものちょう
副題24 蠑螈
24 いもり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅳ」 三一書房
1970(昭和45)年3月31日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-01-19 / 2014-09-21
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   朝風呂

 阿古十郎ことアコ長。もとは北町奉行所に属して江戸一の捕物の名人。ひょんなこと役所をしくじって、今はしがない駕籠舁渡世。
 昨夜、おそい客を柳橋まで送りとどけたのは九ツ半。神田まではるばる帰る気がなくなって深川万年町の松平陸奥守の中間部屋へころがりこみ、その翌朝。
 朝からとの曇って、間もなくザッと来そうな空模様。怠け者のふたりのことだから、これをいい口実にして、きょうは休むことに話あいがつき、借りた手拭いを肩へひっかけて伊勢崎町の湯へ出かけて行く。
 このへんは下町でも朝が早いから、まだ七ツというのにひどく混雑する。いい声で源太節を唄うのがあると思うと、逆上た声で浄瑠璃を唸るやつもある。
 ほかの町内の風呂というのはなんとなく気ぶっせいなもので、無駄口をたたきあう知った顔もないから、濡手拭いを頭へのせてだんまりで湯につかっていると、ふと、こんなモソモソ話が聞えてきた。柘榴口の中は薄暗いから顔は見えないが、どちらも年配らしい落着いた声。
「お聴きになりましたか、阿波屋の……」
「いま聴いてゾッとしているところです。……じっさい、ひとごとながら、こうなるといささか怯気がつきます」
「朝っぱらから縁起でもねえ、どうにも嫌な気持で……」
「いや、まったく。……そりゃそうと、これでいくつ目です」
「六つ目。……阿波屋の葬式といったらこの深川でも知らぬものはない。今年の五月に総領の甚之助が死んで、その翌月に三男の甚三郎。七月には配偶いのお加代。八月には姉娘のお藤と次男の甚次郎。……しばらく間があいたからそれですむのかと思っていると、こんどは四男の甚松が急にいけなくなって、きょうの払暁に息をひきとったというンです。……どういうのか知らねえが、半年足らずのうちに一家六人が次々に死ぬというのは只ごとじゃありません」
「医者の診断はどうなんです」
「破傷風というんですが、そのへんのところがはっきりしない。医者が先に立ってこれはなにかの祟りでしょうと言うんだそうですから、けぶです」
「もうそのくらいにしといてください、あまり気色のいい話じゃねえから」
「あなたはいいが、わたくしのほうは、なにしろすぐ真向いなんだからこれには恐れます。……ざんばら髪の白髪の婆が、丑満時に、まっくらな阿波屋の家の棟を、こう、手を振りながらヒョイヒョイと行ったり来たりするのを見たなんていうものがありまして、女こどもは怯えてしまって、日暮れになると、あなた、厠へもひとりで行けない始末なんです。……それはいいが、こうのべつの葬式つづきじゃこっちも附きあいきれない。といって、おなじ町内で知らない顔も出来ないし……」
「いや、ごもっとも。しかし、阿波屋もたいへんだ。これで主人を残して一家が死に絶えてしまったというわけですか」
「死に絶えたも同然。……あとには末娘のお節という十七になるのがひとり…

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