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春鳥集
しゅんちょうしゅう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本現代文學全集 22 土井晩翠・薄田泣菫・蒲原有明・伊良子清白・横瀬夜雨集」 講談社
1968(昭和43)年5月19日
入力者広橋はやみ
校正者荒木恵一
公開 / 更新2014-12-17 / 2015-10-19
長さの目安約 43 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

櫻をばなど寢處にはせぬぞ、
花にねぬ春の鳥の心よ。

花にねぬこれもたぐひか鼠の巣。
ばせを

自序


 この集には前集『獨絃哀歌』に續ぎて、三十六年の夏より今年に至るまでの諸作を載せたり。
『夏まつり』は最も舊くして、『五月靄』は最近の作なり。
『[#挿絵]斧』にはこたび引説數行を添へて表面の筋を略敍したり。われはこれを公にしたる當時、世人の看て以て頗る解し難しと爲したるを意外に感じき。引説の如きは蛇足のみ。またこの引説は文字以外の義に及ぼさず、自讃に陷らむとするを憂ふればなり。

   *    *    *

 詩形の研究は或は世の非議を免かれざらむ。既に自然及人生に對する感觸結想に於て曩日と異るものあらば、そが表現に新なる方式を要するは必然の勢なるべし。夏漸く近づきて春衣を棄てむとするなり。然るに舊慣ははやくわが胸中にありて、この新に就かむとするを厭へり。革新の一面に急激の流れあるは、この染心を絶たむとする努力の遽に外に逸れて出でたるなり。かの音節、格調、措辭、造語の新意に適はむことを求むると共に、邦語の制約を寛うして近代の幽致を寓せ易からしめむとするは、詢に已み難きに出づ。これあるが爲に晦澁の譏を受くるは素よりわが甘んずるところなり。
 視聽等の諸官能は常に鮮かならざるべからず、生意を保たざるべからず。然らずば胸臆沈滯して、補綴の外、踏襲の外、あるは激勵呼號の外、遂に文學なからむとす。
「自然」を識るは「我」を識るなり。譬へば「自然」は豹の斑にして、「我」は豹の瞳子の如きか。「自然」は死豹の皮にあらざれば徒らに讌席に敷き難く、「我」はまた冷然たる他が眼にあらざれば決して空漠の見を容れず。「われ」に生き「自然」に輝きて、一箇の靈豹は詩天の苑に入らむとするなり。
 視聽等はまた相交錯して、近代人の情念に雜り、ここに銀光の音あり、ここに嚠喨の色あり。
 心眼といひ心耳といふと雖も、われ等は靈の香味をも嗅味の諸官に感ずることあり。嗅味を稱して卑官といふは官能の痛切を知らざるものの言ならむか。
 時としては諸官能倦じ眠りて、ひとり千歳を廢墟に埋もれし古銅の花瓶の青緑紺碧に匂ふが如きを覺ゆることあり。或は「朱を看て碧と成し」て美を識ることあり。
 一花を辨ぜずして詩を作るは謬れり。情熱に執して愛の靜光を愛せざるも亦謬れり。
 これをわが文學に見るに、平安朝の女流に清少あり、新たに享けたる感觸を寫すに精しくして幽趣を極む。かの五月の山里をありくに澤水のいと青く見えわたるを敍したる筆のすゑに、『蓬の車におしひしがれたるが輪のまひたちたるに近うかかへたる香もいとをかし。』といへる如きは、清新のにほひ長しへに朽ちざるものなり。元祿期には芭蕉出でて、隻句に玄致を寓せ、凡を錬りて靈を得たり。わが文學中最も象徴的なるもの。白罌粟は時雨の花にして、鴨の聲ほのかに白く、亡母の…

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