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琵琶湖
びわこ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「心にふるさとがある3 心に遊び 湖をめぐる」 作品社
1998(平成10)年4月25日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-01-20 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 思ひ出といふものは、誰しも一番夏の思ひ出が多いであらうと思ふ。私は二十歳前後には、夏になると、近江の大津に帰つた。殊に小学校時代には我が家が大津の湖の岸辺にあつたので、琵琶湖の夏の景色は脳中から去り難い。今も東海道を汽車で通る度に、大津の街へさしかかると、ひとりでゐても胸がわくわくとして、窓からのぞく顔に微笑が自然と浮かんで来る。こんなひそかな喜びといふものは、誰にもあると見えて、ある夏のこと、私の二十一二のころ大津から東京へ行くときに、二十二三の美しい婦人が私の前の席に乗つたことがあつた。私は東京近く来るまで、その婦人と一言も言葉も交へなければ、顔も見合したこともなく坐つて一夜を明したが、大森まで汽車が来かかつたとき、突然その婦人は私に、「あそこに見える家に、あたしをりますの。」と一言いつて笑つた。私は返事も出来ずに窓から指差された家を見たきりで、黙つてそのまま別れてしまつたが、それとは違つてまたもう一度、それに以寄つた目にあつた。これも私の二十二三のときの夏のことで、九州へ行つたときであるが、汽車が熊本へ這入り、球磨川の急流に沿つて沢山のトンネルを抜けては出、抜けては出てゐる最中である。私の前に老人の男が一人高い鼾をかいて横になつてゐた。そのときには、私たちの車内に私と老人とただ二人きりで、他にも誰もゐなかつたが、汽車が断崖にさしかかつてしばらくたつてから、河をへだてた対岸の絶壁の中腹に、一軒ぽつりと家が見えた。すると、その老人は急にむくりと起き上ると、「あれはわしの女房の里や。」と一言いつて、またころりと寝てしまつた。
 これらの話はささいなことながら、いつまでも忘れずに、生涯微笑ましい記憶となつて、何か書かうとするときや、世間話をするときなどに、第一番に浮き上つて来るものであるが、この老人の心理や前の婦人の気持ちに似た喜ばしさは、東海道では大津より以外は私には起らない。大津へ来かかると、私も傍にゐる見知らぬ人にでも、ここは私の小さいときにゐたところでと、思はずいひたくて堪らぬ気持に誘惑される。大津の美しさは、たまに大津へ行つたものでも感じるのであらうか。去年初めて関西へ連れて来た私の家内は、京都大阪奈良と諸所を歩いてから大津へ来ると、一番関西で好きな所は大津だと私に洩した。家内と大津へ行つたときには早春であつたが、夏の大津の美しさは、またはるかに早春とは違つてゐる。「唐崎の松は花より朧にて」といふ芭蕉の句は、非常な駄作だといふ俳人達の意見が多いが、膳所や石場あたりから、始終対岸の唐崎の松を見つけてゐる者でなければ、この句の美しさは分り難いと思ふ。
 夏前になると今年はどこへ行くかといふ質問を毎年受ける。しかし、私は田舎の夏よりも都会の夏の方が好きである。一夏を都会で過ごすと、その一年を物足らなく誰も思ふらしいが、私はさうではない。夏の美しさや楽しさ…

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