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山茶花
さざんか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「佐左木俊郎選集」 英宝社
1984(昭和59)年4月14日
初出「文章倶楽部」1927(昭和2)年7月号
入力者田中敬三
校正者小林繁雄
公開 / 更新2007-08-16 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 平三爺は、病気で腰が痛むと言って、顔を顰めたり、自分で調合した薬を嚥んだりしていたのであったが、それでも、山の畠に、陸稲の落ち穂を拾いに行くのだと言って、嫁のおもんが制めたにもかかわらず、土間の片隅からふごを取って、曲がりかけた腰をたたいたりしながら、戸外へ出て行った。
「落ち穂なんか、孩子どもに拾わせたっていいのだから、無理しねえで、休んでればいいんですのに、爺つあんは……」とおもんは繰り返した。
「ほんでもな、ああして置くとみんな雀に喰ってしまう。一かたまりの雀おりっと、いっぺんにはあ、一度団子して食う分ぐらい、わげなく喰れでしまうがらな。――まあ、なんぼでも拾って来んべで。孩子どもだのなんのって言ってっと、まだはあ、長びく原因で、去年のように、拾わねえうぢに、みんな雀に喰ってしまうがら……」
 併し平三爺は、そのまますぐに出掛けて行くのでは無かった。――祖先から承け継いだ財産を、自分の代に、ほとんど無くしてしまったので、爺は、伜への憂慮から、働き続けよう、働き続けようと努力しているのではあるが、しかし、身体の方も大分まいっているのだし、気持ちの上では、より以上に休息を需めているのであった。
 殊に今は、疝気を起こしているのだから、爺は、仕事への倦怠と、伜への憂慮との、この二つの間にもだもだしているのである。それで爺は先ず、大きなごつごつの手を両方とも、曲がりかけた腰の上に置いて、浅い霜が溶けてぴしゃぴしゃと湿っている庭を、真直ぐに山茶花の木の下へやって行った。
「おもん。一枝、婆あの位牌さあげて呉ろ。」
 爺は、そんなことを言いながら、しばらく山茶花の木の下で、うろうろしていた。
 伜の長作は、その時、納屋で稲を扱いでいたのであったが、父親が、おもんが制めるのを肯かずに出て行ったらしい気配なので、世間体などを考え、どうしても引き止めなければならないと思って庭へ出て来た。
「爺つあん。そんな無理なごとしねえで、少し休んだらよがあめんがな?」と長作は、やや語調を強めて言った。
「無理ってほどでもねえげっと……拾わねえうぢに、みんな、雀に喰ってしまうべと思ってや。せっかくとったの……」
「落ち穂ぐれえ喰ったって。――そんより、医者さでも掛かるようになったら、なんぼ損だかわかんねえべちゃ、爺つあんはあ!」
「うむ。それもそうだな、ほんじゃ、おら、今日は、休ませてもらうべかな。」
 爺は、眼のあたりを少し赤くするようにして、息苦しい呼吸の間から、申しわけでもするように、吐切れとぎれに言った。そして、また腰をたたいたり、何か言い残したことがあると言うように、口をもぐもぐさせながら、とつおいつ山茶花を眺めていて、容易に家の中に這入ろうとはしないのであった。
「なあ長作。この山茶花は、ふんとにいい花、咲くちゃなあ!」
「…………」
 長作は、爺の方を、白眼で、ちらり…

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