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土の中の馬賊の歌
つちのなかのばぞくのうた
作品ID46193
著者小熊 秀雄
文字遣い新字旧仮名
底本 「新版・小熊秀雄全集第一巻」 創樹社
1990(平成2)年11月15日
初出「旭川新聞」1925(大正14)年1月1日
入力者八巻美恵
校正者浜野智
公開 / 更新2006-04-08 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私はこゝにひとつの思想を盛つた食餌を捧げるそれは悪いことかもしらないまた善いことかもしらない、たゞ私が信じてゐるだけのことである。

 人々が寝静まつた真夜中にどこからともなく土の中から唄が聞えてくる、がや/″\と大勢で話あつたり合唱したりそれは静かな賑やかな土の中の世界から洩れてくる陽気で華やかな馬賊の歌であつた。
 歌は調子のよい賑やかなものであるが街の人々はふしぎにこの陽気な唄を地べたに聞くと悲しくなつて了ふのであつた。
『小父さん、草の根がガチャガチャ鳴らしてゐるやうな響きがするよ』
 小さな裸の児供は土から生へてゐる一本の草にそつと耳を当て地の底の唄ひ声に聞き惚た。
『もちつと、そちらに行つて聞いてごらんなさい。
 この辺の底のやうにも思はれますが』
『いや、そつちではない、この辺でござりませう』
『おや歯と歯が触れあふやうな音がした、こんどは太い濁つた男のいちだんと高い声が聞えます』
 街の人々はあつちこつちの地面に耳をあてゝその唄を聴いたしかしたゞ街の地の底で聞えるといふだけで、どのへんで唄つてゐるのかわからなかつた。
 土の中の馬賊の唄、この街の人々の伝説はかうなのです。
 馬に乗つた馬賊の大将が従卒もつれずたつた一人で広々として野原を散歩した。
 その夜はそれは美しく丸い月が出てゐた。
 馬賊の大将は馬上でよい気分になつて月をながめながら、口笛をふいたり小声で歌をうたつたりしてだんだんと馬を進めてゐた。
 手綱もだらりとさがつたきりになつてゐたので、この馬賊を乗せた白い馬も、のんきで風流な主人を乗せて、あちこちと自分の思つたところを、青草を喰べながら散歩することができた。
 ふと馬賊が気がついてみますと自分は山塞からだいぶ離れた草つ原にきてゐた。
 そして其処は切りたつた崖になつて眼下に街の赤い燈火がちらほらと見えてゐた。
『こんな月をみることは馬鹿らしい遊びだ、そんな風流な気持は俺達の世界には、塵つぱかりも不要な心だ』
 急に馬賊の大将の風流の気持は風のやうにけし飛んでしまつた、いま街の灯をながめると急にもとの狼のやうな馬賊の気持ちになつてしまつた。
 なにもかも憎らしくなつた殊に一番高いところに一番輝いてあらゆる地上の物をみくだしてゐるお月さまの、少しの角もないまんまるい横柄な顔が憎らしくなつた、そして少しの間でもこのお月さまに惚々としてこんなところまで散歩してきたことが馬鹿らしくなつた、馬賊は馬上で二三発空のお月さまに続けさまに鉄砲を撃ちこんでから嵐のやうにすばやく街にむかつて馳け出した。

 街の人々は、いつもの馬賊の集団が襲つてきたと思ひ、あわてゝ戸を閉ぢ地下室の中に隠れて呼吸をこらしてゐた。
 馬賊の大将は、いつもであれば沢山の家来を指揮して襲つてくるのが、その日はただ一人であるのであまり深入りをして失敗をしてはいけないと考へ…

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