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塩を撒く
しおをまく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新版・小熊秀雄全集第一巻」 創樹社
1990(平成2)年11月15日
初出「旭川新聞」1927(昭和2)年2月8日~9日、11日
入力者八巻美恵
校正者浜野智
公開 / 更新2006-04-08 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    (一)

 彼は木製玩具の様に、何事も考へずに帰途に着いた。
 地面は光つてゐて、馬糞が転げて凍みついてゐた。
 いくつか街角をまがり、広い道路に出たり、狭い道路に出たりしてゐるうちに、彼の下宿豊明館の黒い低い塀が見えた。
 彼は不意にぎくりと咽喉を割かれたやうに感じた。
 ――ちえつ、俺の部屋の置物の位置が、少しでも動かされてゐたら承知が出来ないぞ。
 彼は山犬のやうな感情がこみあげてきて、部屋の方にむかつてワン/\と吠え、また後悔をした。
 彼の親友である水島と或る女とが恋仲となつた。
 二人の恋仲は、まるで綱引のやうな態度で、長い間かゝつても少しの進展もしなかつた、声援をしたり、野次つたり見物したりしてゐた彼は、まつたく退屈をしてしまつたのだ。
 ――そんな馬鹿な恋愛があるかい学生同志ぢやあるまいし、三十をすぎた、不良老年の癖に。
 水島が彼にむかつて、彼女とは現在でも、肉的な交際がないと誇りらしい表情で、打開けたとき、彼は鳶に不意に頭骸骨を空にさらはれたかのやうな、気抜けな有様で、穴のあくほど水島の顔を、暫らくは凝然見てゐた。
 ――でも君、女は若いんだし可哀さうだからな、それに家庭的な事情が僕達の前に横たはつてゐる大きな難関なんだ、もし僕が女と関係をした後で、二人が結婚まで進まなかつたらどうだらう、
 ――女を疵物にしては、良心に恥ぢるといふ意味だね。
 ――さうだよ、それに違ないよ、女の籍は絶対に抜けないらしいんだ僕の婿入りそんなことは僕の方の家庭の事情でできないことだしな。
 水島は、ほつと吐息をついた、第三者の立場にある彼は、水島の恋愛事件に対しては、彼が横合から水島の女を奪はうとしない限り永久に第三者の立場にあつた、だから彼は、勝手なことを考へ、勝手な助言を水島にした。彼はもう見物にあきがきたのであつた。
 ――水島の女に、ちよつとちよつかいをかけてやらうかしら、あの女の手は美しい、そつと俺の手をのつけても、邪慳に振りはらふやうなことはしないだらう。
 退屈さに彼はこんなことを考へたりした、横合から割込んだらう、水島はきつと友達甲斐がないことを憤り、狼のやうな血走つた眼となり、長い間の交友関係も粉砕され、牙を鳴らして襲ひかゝつて来るであらう。
 かうした策戦がまた案外効を奏して、お互に相離れまいと、この乱暴な侵入者を必死と拒み、女や水島の情熱はよみがへり、二人の恋愛は、その最後の土地まで、馬車を疾走させるのでないか、などと彼は友人の遅々とした遊びごとにいら/\と気を揉んでゐた。

    (二)

 水島が毎日のやうに、彼の下宿に訪ねてきては、嘆息をした。
 その姿は耕作もせず、ぼんやり鍬に頬杖をしてゐる農夫のやうなものであつた。
 ――収穫をどんなに夢想しても駄目だよ、君は鍬を動かしてゐないぢやないか。
 事実水島の態度は『雲の上…

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