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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46197
副題18 一度家に帰り父に誡められたはなし
18 いちどいえにかえりちちにいさめられたはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-01 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今の猫と鼠の話のあった前後の頃おい(確か十五の年)は徳川氏の世の末で、時勢の変動激しく、何かと騒擾が引き続く。
 それにつけて、四時の天候なども甚だ不順であって、凶作が続き、雨量多く、毎日、じめじめとイヤな日和ばかりで、米は一円に二斗八升(一銭に二合八勺)という高値となる。今までは円に四斗もあったものが、こう暴騰すれば世の中も騒がしくなるは当り前である。しかし、米は高くなったからといって、日常のものが、それに伴れて高くなるということはなく、やっぱり、百で六杯のそばは以前通り、職人の手間賃も元通りである。かと思うと、一方には沢庵一本が七十二文とか天保一枚とかいう高いものになって来る。つまり、経済界が乱調子になったことでありますが、こういう世の中の行き詰まった折から「貧窮人騒ぎ」というものが突発して来ました。
 或る人が中ノ郷の枳殻寺の近所を通ると、紙の旗や蓆旗を立てて、大勢が一団となり、鬨の声を揚げ、米屋を毀ち壊して、勝手に米穀を奪って行く現場を見た。妙なことがあるもの、変な話しだ、と昨日目撃したことを隣人に語っていると、もう江戸市中全体にその暴挙が伝播して、其所にも此所にも「貧窮人騒ぎ」というものが頻々と起っている。それは実にその伝播の迅さといっては恐ろしい位のもの、一種の群衆心理と申すか、世間はこの噂で持ち切り、人心恟々の体でありました。
 また、或る人のいうには、
「何某の大店の表看板を打ち毀して、芝の愛宕山へ持って行ってあったそうな。不思議なこともあるものだ」
という話。その話を聞いているものは、誰も彼も、妙な顔をしている。昔、やっぱり米騒動のあった折に、大若衆が出て来て、そんなことをしたものだという。やっぱり、今度のそれも大若衆がやったのであろうなど腹の中で考えて一層不安が増し、取り沙汰が喧しくなるという風で、物情実に騒然たる有様であった。

 私は、師匠の店におって仕事をしている間、子供心にも、これらの世間話しを聞きますにつけて、自分の両親たちのことが心配でならないのでありました。一心に毎日の仕事をしている中にも、ふと、家のことを思い出すと、仕事の手を留めて、茫然とその事を考えている。今頃、父はどうしていられることだろう。母様は何をしていられることか。……と思い出しますと、どうもこうして師匠の家に自分だけ安閑とはしていられない気がして来るのでありました。
 自分の父は、幼い時、その親が身体を悪くされたために、自分の身を犠牲にして、一生懸命一家のために尽くされたという。自分は、その父が家のために尽くしたという年齢よりも、まだ、ずっとおとなになっているのに、こうして、師匠の家に安閑として家のことや、親たちのことを他所に見ているというは、何んたる不孝のことであろう。ここはこうしている場合ではない。自分も父のしたように、自分の父に対して、その危急を手助け…

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