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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
副題21 年季あけ前後のはなし
21 ねんきあけぜんごのはなし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2006-10-01 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 さて、今日から考えて見ても、当時私の身に取って、いろいろな意味において幸福であったと思うことは、師匠東雲師が、まことに良い華客場を持っていられたということであります。
 たとえば、この前お話したように、札差の中では、代地の十一屋、天王橋の和泉屋喜兵衛、伊勢屋四郎左衛門など、大商人では日本橋大伝馬町の勝田という荒物商(これは鼠の話の件で私が師匠の命で使いに参った家)、山村仁兵衛という小舟町の砂糖問屋、同所堀留大伝(砂糖問屋)、新川新堀の酒問屋、吉原では彦太楼尾張、佐野槌、芸人では五代目菊五郎、市川小団次、九蔵といった団蔵、それから田舎の方では野田の茂木醤油問屋など、いずれも上華客の方でありました。
 武家の方は割合少なくて、町家の方が多かった。これらの人々の注文はいずれも数寄に任せた贅沢なものでありますから、師匠自ら製作するのを見ていても私に取っては一方ならぬ研究となる。また手伝うとしたらなおさらのこと、力一杯、腕一杯に丹念に製作するので、幾金で仕上げなければならないなどいうきまりもなく、充分に材料を撰み、日数を掛けてやったものであります。したがって、それに附属する塗り物、金具類に至っても上等なものを使うこと故、その方へも自然私の目が行き届く。これはまことに師匠のお蔭で、今日考えても私には幸福なことでありました。また、名あるお寺の仕事もしましたが、これらは一層吟味穿鑿がやかましいので、師匠が苦心する所を実地に見て、非常に身のためとなった。それに当時は私も専ら師匠の仕事を手伝い、また自分が悉皆任されてやったといっても好いものもあって、自分の腕にも脳にも少なからずためになったものでありました。
 かくてちょうど私の年齢は二十三歳になり、その春の三月十日にお約束通り年季を勤め上げて年明けとなりました。すなわち明治七年の三月十日で文久三年の三月十日に師匠へ弟子入りをしてから正に丸十一年で(礼奉公が一年)年明けすなわち今日の卒業をしたのでありました。
 で、師匠も大きにこれを喜んでくれられ、当日は赤飯を炊き、肴を買って私のために祝ってくれられ、私の親たちをも招かれました。その時父兼松は都合あって参りませんでしたが、母が参り、師匠の前で御馳走になりました。その時師匠は改めて私に向い、将来について一つの訓戒をお話しであった。
「まず、とにかく、お前も十一年というものは、無事に勤めた。さて、これよりは一本立ちで独立することとなれば、また万事につけて趣が異って来る。それに附けていうことは、何よりも気を許してはならんということである。年季が明けたからといって、俺はもう一人前の彫刻師となったと思うてはいかぬ。今日まではまず彫刻一通りの順序を習い覚えたと思え。これからは古人の名作なり、また新しい今日の名人上手の人たちのものについて充分研究を致し、自分の思う所によっていろいろと工夫し…

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