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日記
にっき
副題07 一九二一年(大正十年)
07 せんきゅうひゃくにじゅういちねん(たいしょうじゅうねん)
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十三巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年5月20日
入力者柴田卓治
校正者青空文庫(校正支援)
公開 / 更新2014-02-02 / 2014-09-16
長さの目安約 127 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

〔一月予記表〕「黄銅時代」第一完成

一月一日(土曜)晴 寒
 昨日夕方の六時頃漸々自分は此丈は間違わずにやってしまい度いと思って居た、「黄銅時代」の第一部の初稿を終った。
 百六十枚ほどに成り、厚くどっしりと机にのって居るのを見ると、心がよろこびで跳った。よい来年の首途。其から林町へお年越しに行き、夕飯を御馳走になってから十二時過に帰った。
 昨日の朝から降り積った雪が、夜が更けるにつれて凍り、如何にも江戸の情調をしのばせる除夜であった。家に帰っても、自分は亢奮して眠れなかった。疲れすぎたのか、よろこびで目がさえてしまったのか、眠ろう眠ろうとし乍ら、一睡もせずに床を離れた。よい元日! 自分達が一緒の家で二人限りで迎えた、最初の元日である。屋根屋根の雪を輝やかせ乍ら、次第に輝きの面積を拡げて漂って来る朝の日光は非常に美しかった。Aは、夜になってから、タイプライターを打ち、自分は不眠の疲れで、まとまったことは出来なかった。

一月二日(日曜)寒
 何故日本人は正月を斯う幾日も遊び暮すのだろうか。外界の遊楽気分が自分迄を誘惑する。二人で丈居れば時を忘れ、行事を忘れて仕事に熱中する。然し林町へ行くと、もう危くなる。笹川春雄氏が兵営から来ると云うので、しきりに誘われる。自分も一寸気を引かれる……然し、仕事を思うと離れられない、もう二十三なのだ、二十三! 遊んでは居られない。自分は到頭心を決して遊びに行くことは止めにした。何でもない小さい事なのである。けれども、自分の心の持方に対しては大きな試みであった。小さい気の毒や調子の悪さを超越しなければ、大きな仕事は出来っこないだろう、
「黄銅時代」の第壱を書なおしに着手、
 島田清次郎氏より来賀、あの若さで、あれ丈俗なのは何故か、自分の広告並年賀は自分に非常にいやな印象を与えた。

一月三日(月曜)晴 寒
 一、二日の『時事』、当選短篇、「脂粉の顔」、「秋の日?」(八木東作)此の二つの作品を通して選者が現れて居るから面白い。
 投書、当選ということは、真個の芸術家に成ろうとするものにとってよい事か? 或はよくないことか? 岡田三郎氏は、まだ投書家的臭味を持って居る。
 三十一日の夜完く睡れなかって以来、どうも頭がよくない。昨夜もよく眠れず、工合が悪いので林町へ行った。大瀧の基ちゃん[#大瀧基、大瀧鷹子の長男、百合子の従弟]が来て居、彼が飛行家に成り度いということから、母と私と彼と三人の間に種々の話が出た。親は、自分の子並、自分の名声のために、或場合、種々の冒険的事業をさせる決心をし得る、然し、伯母とか何とかいう位地に成ると、自分の家族制度的の感情から「私の生きて居るうちはさせられない」等と云うのだ。母の老いたことを思う。彼女は、私を愛するが故に、Aの愛をいつも私の其よりも軽少だと思って居る。
〔欄外に〕昨夜自分は非常に亢奮し…

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