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日記
にっき
作品ID46241
副題08 一九二二年(大正十一年)
08 せんきゅうひゃくにじゅうにねん(たいしょうじゅういちねん)
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十三巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年5月20日
入力者柴田卓治
校正者青空文庫(校正支援)
公開 / 更新2013-10-10 / 2014-09-16
長さの目安約 208 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一月一日(日曜)晴
 昨夜、二時頃吉田さんの処から帰って来ると、神保町で停電し、とうとう春日町まで歩いた。あめがポツポツ降り出して来たのでいそいで歩き、ひどく疲れる。
 眠ったのは五時頃だろうか、今朝は、四方拝のおことわりで、早く起きたので、半分頭が曇って居る。何も徹夜の覚悟をしなくてもよさそうなのに妙なものなり。
 林町では、両親、スエ子と常盤館に行かれたので、自分の苦痛は余程軽められた。年始にAの行かれないこと、若し行って誰かに会ってきかれるかと思うと、切角行っても、いそいでかえらなければならないこと、其等が、先から自分には私に苦となって居た。それが、しないですむとは何とよかったことだろう。去年より心持が家、生活に落付いて居る故か、さほど新奇な心持もしない。雑誌を読む。此頃の疑問。男性の芸術家は女性を描く、これにオーソリティーを認める。而も、何故、女の描いた男性は認められないのか、つまり女性である自分は、女のことほか書けないと定って居るものなのか? と云うことである。根本に果して、女性の精神で描き得ないものがあるのだろうか。
 此も元日のつづき。
 去年の日記に所謂九星の表がついて居た。
 元から厄年に不幸に会いつづけて居る自分は、或運命を感じて居るので、その星にも興味を感じ、今年の九星表、占のようなものを先に買った。ところが、何でも、今年自分の運は、あまりよくないように書かれて居たらしい。ところが、元旦に雪と予報してあるのが、昨夜暁から今朝、降積ったのを見出した。此がきっぱり当るとどうも万事当りそうで癪だ。ところが、日が出てからは、ちっとも降らず夕方は日さえ見えたので、とにかくそこに幾分の余裕はつく。今日、雪だとは云えない。昨夜雪だったのだ。と、微妙な心理。

一月二日(月曜)晴
 午前中林町に行く。午後、関さん、K、俊ちゃん[#下島俊一、精一郎の従弟]来る。関さん近よれば近よるほど愛らしい人。しかし、ペツォルド夫人があくまでも関さんを自分の型にはめようとして居るのを聞き云い表し難い心持がした。関さんはペ夫人の愛の絆に苦しみ、自分は母のそれに苦しめられる。然し深く考えて見ると、それ等の故に却って次代のものが磨かれつよめられて行くのだと思う。次の時代と云うものは、反抗児によって支えられて行く。――此事は、文学の上にも大切な一考すべき点なのではないか。

一月三日(火曜)晴
 午後から、思いがけず笹川さんが来る。眼や額の辺に、云い難い陰気なかげが出来て居て、気の毒な感を起した。関さんに近づいて行く心持も分る。じめじめした地下に居た者が、かっと皮をやくような太陽に照らされたいように、あの陽気さにすっかり気分を蒸発させてしまいたいのだろう。
 馬がどんなに人間の心と交渉をもつかと云うことを話す。皆にいじめられた新兵は、馬に自分の感情を吐露すると云うこと。
 新…

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