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槍ヶ岳紀行
やりがたけきこう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本紀行文学全集 中部日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
初出「改造」1920(大正9)年7月
入力者林幸雄
校正者砂場清隆
公開 / 更新2003-03-24 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 島々と云ふ町の宿屋へ着いたのは、午過ぎ――もう夕方に近い頃であつた。宿屋の上り框には、三十恰好の浴衣の男が、青竹の笛を鳴らしてゐた。
 私はその癇高い音を聞きながら、埃にまみれた草鞋の紐を解いた。其処へ婢が浅い盥に、洗足の水を汲んで来た。水は冷たく澄んだ底に、粗い砂を沈めてゐた。
 二階の縁側の日除けには、日の光が強く残つてゐた。そのせゐか畳も襖も、残酷な程むさくるしく見えた。夏服を浴衣に着換へた私は、括り枕を出して貰つて、長長と仰向けに寝ころんだ儘、昨日東京を立つ時に買つた講談玉菊燈籠を少し読んだ。読みながら、浴衣の糊の臭ひが、始終気になつて仕方がなかつた。
 日がかげるとさつきの婢が、塗りの剥げた高盆に[#「高盆に」は底本では「高盆の」]湯札を一枚のせて来た。さうして湯屋は向う側にあるから、一風呂浴びて来てくれと云つた。
 それから繩の緒の下駄をはいて、石高な路の向うにある小さな銭湯へはひりに行つた。湯屋は着物を脱ぐ所が、やつと二畳ばかりしかなかつた。
 客は私一人ぎりであつた。もう薄暗い湯壺に浸つてゐると、ぽたりと何かが湯の上へ落ちた。手に掬つて、流しの明りに見たら、馬陸と云ふ虫であつた。手のひらの水の中に、その褐色の虫がはつきりと、伸びたり縮んだりするのを見る事は、妙に私を寂しくさせた。
 湯屋から帰つて、晩飯の膳に向つた時、私は婢に槍ヶ嶽の案内者を一人頼んでくれと云つた。婢は早速承知して、竹の台のランプに火をともしてから、一人の男を二階に呼び上げた。それは先刻上り口で、青竹の笛を吹いてゐた男であつた。
「槍ヶ嶽の事なら、この人は縁の下の五味まで知つて居ります。」
 婢はこんな常談を云ひながら、荒らされた膳を下げて行つた。
 私はその男にいろいろ山の事を尋ねた。槍ヶ嶽を越えて、飛騨の蒲田温泉へ出る事が出来るかどうか。近頃噴火の噂がある、焼嶽へも登山出来るかどうか。槍ヶ嶽の峯伝ひに穂高山へ行く事が出来るかどうか。――さう云ふ事が主な問題であつた。男は窮屈さうに畏りながら、無造作にそれらは容易だと答へた。
「旦那さへ御歩けになれりや、何処でも訳はありません。」
 私は苦笑した[#「苦笑した」は底本では「苦突した」]。上州の三山、浅間山、木曾の御嶽、それから駒ヶ嶽――その外山と名づくべき山には、一度も登つた事のない私であつた。
「さうさな。まづ山岳会の連中並みに歩ければ、見つけものと思つて貰はう。」
 男が階下へ去つた時、私はすぐに床を敷いて貰つて、古蚊帳の中に横になつた。戸を明け放つた縁側の外には、暗い山に唯一点、赤い炭焼きの火が動いてゐた。それがかすかながら、私の心に、旅愁とも云ふべき寂しさを運んで来た。
 やがて婢が戸をしめに来た。戸の走る度に山の上の星月夜が、私の眼界から消えて行つた。間もなく私の寝てゐるまはりは、古蚊帳に四方を遮られた、行…

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