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教育の目的
きょういくのもくてき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「明治文學全集 88 明治宗教文學集(二)」 筑摩書房
1975(昭和50)年7月30日
入力者kamille
校正者染川隆俊
公開 / 更新2007-02-19 / 2016-01-18
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今日世界各國の人の學問の目的とする所には種々あるが、普通一般最も廣く世界に行はれて居る目的は、各自の職業に能く上達するにある。マア職業教育とでも言はうか。或はモウ一層狹く云ふと、實業教育と云ふのが、能く其の趣意を貫いて居るやうである。子弟を教育する其の目的は、先づ十中の七八迄職業を求むるに在る。殊に日本に於いては職業を得る爲に教育を受くる者が多い、百中の九十九まではさうかと思はれる。昔はどうであつたか知らぬが、近頃は各國共に此の目的を以て、教育の大目的として居るやうである、殊に獨逸などでは、最もさう云ふ風である。
 近來亞米利加の教育法はどうであるか。亞米利加は何の爲に大いに普通教育を盛んにして居るかと云ふと、即ち良國民を拵へることが其目的である、能く國法を遵奉する國民を造るのである。大工左官をさせたならば獨逸人に負けるかも知れぬ。大根を作り、薯を作らしたならば、愛蘭の百姓に及ばぬかも知れぬが、先づ國家の組織或は公益と云ふことを知り、大統領を選ぶ時きにも、村長を選ぶ時にも、必ず不正不潔な行爲をしてはならぬ、國家の爲、一地方の爲だと云ふ大きな考を以て、投票する樣な國民を養成したいと云ふのである。彼の料理屋で御馳走になつた御禮に投票するのとは、少し違ふやうだ。佛蘭西人は少しく米國人と異つてゐる。同じ共和國ではあるかなれども、國民が投票する時に、亞米利加ほど合理的にすることは餘り聞かない。佛蘭西人は何の爲に子弟に教育を施すかと云ふと、先づお役人にしたい、月給取にしたいと云ふのである。十歳から二十歳まで教育すると、毎月幾許の金を要する。合計十ヶ年間に幾千法の金がいる。之れだけの金を銀行に預けて置けば、年五朱として何程の利殖になる。けれども都合好く卒業をして、文官試驗にでも及第すれば、何程の俸給が取れる。或は何々教師の免状を取れば、此くらゐの月給に有り付くと云ふので、先づ算盤をせゝくつて、計算した上で教育する。之は職業を求むる爲なのである。否職業を求むると云ふよりも、位地を求むる爲なのである。
 之に類して獨逸の教育法も、職業教育とか實業教育とかを主とするのである。獨逸語のヴイルトシヤフトリツヘ、アインハイト(Wirtschaftliche Einheit[#「Wirtschaftliche Einheit」は底本では「Wirthschaftliche Einheit」])、英語のエコノミツク、ユニツト(Economic Unit)、即ち『經濟上の單位』を能く有効にしやうと云ふのが目的である。即ち一國一市をして、成るたけ生産的に發達せしむるには、どうしたら宜いか、如何にせば最も國家經濟の爲めになるかと、經濟から割出した議論を立てゝ來ると、所謂社會經濟とか國家經濟とか云つて、國の生産を興さねばならぬと云ふことになる。殖産を盛んにしたならば、即ち其國其市の發達が一番に能…

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