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霧ヶ峰から鷲ヶ峰へ
きりがみねからわしがみねへ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本紀行文学全集 中部日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
初出「東京日日新聞」1934(昭和9)年9月26~27日
入力者林幸雄
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2004-03-31 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今年は何の意味にもハイキングに不適当である。平原のハイキングならまだしもだが、少くとも山岳の多い日本でのハイキングに或る程度山へ入らなければ意味を成さないのに、今年のやうにかうじめ/\した秋霖が打続いたのでは、よほど運が好くなければハイキングの快味を満喫するといふ訳には行かない。雨降りだと、雲煙が深く山を封してゐるから、折角山へ入つても山を見ることはできず、よほど厳重な雨支度をしてゐない限り、からだはびしよ濡れになつて、大概の人は風邪をひいてしまふ。私の場合はそれほどでもなかつたけれど、しかし不断の銀座散歩と少しもかはらぬ軽装で出かけたので、三里弱の山坂を登つて霧ヶ峰のヒユッテへ著いた時分には、靴も帽子もびしよ/\でヒユッテの風呂と炬燵で暖まらなかつたら、肺気腫といふ持病のある私は或は肺炎になつて、下山することがむづかしかつたかも知れない。勿論出発した日は天気がよかつたので、朝早く新宿から出発して下諏訪でも上諏訪でもいゝ、兎に角その日に霧ヶ峰へついて了へば、たとひそこに一泊したにしても、翌日の午前中は秋晴れの山といふ訳にはいかないにしても、少くも雨降りではなかつたから、秋の高原地の跋渉は相当愉快なものであつたに違ひない。たゞ上野から出たので、折角の和田峠へ差しかかつたのはすでに夜で、翌日は今にも降出しさうな空合だつたけれど、快晴を待つ訳にもいかないので更にある地点まで(下諏訪から東餅屋まで)道をダブつて、そこから鷲ヶ峰、霧ヶ峰への徒渉を始めたので、結局あたら第一日の好晴を汽車とバスに徒消したことになつた訳である。
 下諏訪の桔梗屋で、本社の山中氏と私達父子は、支局の中島氏と、ヒユッテの持主で篤実の山の研究者であり、「山郷風物誌」などの興味ふかい著述をもつてゐる長尾宏也氏といふ霧ヶ峰スキイ場の開拓者として知られてゐる青年が、わざわざ山の案内役におりて来たのに、紹介されたりして、急に心強くなつた。それに霧ヶ峰の地質や生物についての科学的予備知識も与へられた。
 翌日東餅屋あたりで、自動車をおりて坂を登りはじめた時、私は今年の不順な天候で夏以来悩んでゐた呼吸器に圧迫を感じ、これはちよつとこまつたと思つたが、やがて一ト休みして、宿で長尾氏に捲いてもらつた捲ゲートルを取はづしてからは、ずつと楽になつた。登りといつても格別嶮岨といふほどではなかつたし、長尾氏は私の足を見くびつて、普通二時間半のところをその倍の五時間といふ、ハンデイキヤップの附け方なので、勿論そんなにかゝりはしなかつたけれど、兎に角休み/\銀鼠のベイルに包まれた緑の山の姿を指呼のあひだに眺めつゝ、鷲ヶ峰の麓をもすぎて、やがて八島ヶ池の畔へおりた頃、雨がぼち/\落ちて来て、間近の山の尾根に刷かれた灰色の水煙が、ふわ/\と低迷してゐた。池畔は薄が密生してゐた。池といつても水は涸れ涸れで一面絨毯を敷詰めたやう…

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